下高井戸の家リフォーム
9月から設計を進めている、下高井戸の家のリフォーム計画が佳境に入ってきました。

60代のお施主さんの実家で、現在は95歳になるお母さんがお一人で生活しています。
築50年を超える家で、丁寧に設計されたきれいな家なのですが、耐震診断をしてみると必要耐力を大幅に下回っていることが分かって私のところに設計依頼がきました。

今は近くのマンションに住んでいるお施主さん夫婦が同居するための改修工事ということもあります。

テーマは主に3つあります。
① 耐震性能を必要な耐震性能の2割り増しぐらいまで上げること。
② 1階をお母さんの生活領域として、バリアフリーを図ること。
③ 2階をご夫婦の生活空間として合理的で住みやすく改修する事。

耐震補強については、1階では外壁をいったん剥がして、外側から必要な筋かい、金物等を取り付けて、壁の下地に前面に耐震面材と言われるものを張る予定です。
2階は、内部をほぼスケルトン状態にするので、内側から筋交い、金物を取り付けます。
1階、2階共、同時に床、壁、天井に断熱材を入れて、断熱工事も行います。

1階は、お風呂や、トイレなどの水回りを新しくしてバリアフリー化を図ります。お年寄りは、部屋の変化を嫌う傾向があるので、なるべく今までの雰囲気を残して改修して行くことに難しいところもあります。

2階は、限られた面積の中で、荷物も多いので、広めの納戸を設けて、それ以外はほぼワンルームにしようと思っています。お子さんは独立して、ご夫婦2人だけなので寝室と居間も家具で仕切るだけで、同じ空間で考えています。
3D画像はその2階の寝室と居間の部分を、スケッチアップという3Dソフトを使って書いたものです。

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もう2か月ほどかけて設計をアップする予定です。
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category:住宅
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江古田の家―地鎮祭
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昨日は、1年前から設計していた江古田の住宅がようやく着工にこぎつけて、地鎮祭を行いました。お天気にも恵まれて、神主さんの声も青空に登ってゆくような気持のよい地鎮祭でした。

この住宅は、ご夫婦と同居するお母さんの3人が住まわれる家ですが、1階に車庫、そしてご夫婦それぞれの趣味の部屋も確保するために3階建てになっています。

敷地が防火地域に指定されているために、建物は耐火建築が要求されています。普通は耐火建築というと、鉄筋コンクリート又は鉄骨造で作ることが多いのですが、しばらく前から木造の耐火構造も建てられるようになっています。

今回は、1階がコンクリート造、2階3階がこの木造耐火構造で設計しています。
木造耐火は、通常よりも厚い強化石膏ボードをさらに2重に、構造体の木の周りに貼ってゆくので、そのまま設計するとほとんど木の部分が見えなくなってしまいます。そこで構造を受け持っていない木の部分を積極的に見せるようにして、なるべく木造の柔らかさを感じられるように設計しました。
いろいろと制約が多く、設計には苦労しましたが、これから工事が進んでゆくのを楽しみにしています。

工事の進捗具合は、時々このブログで紹介しようと思いますので、ぜひご覧になっていただければと思います。
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category:建築現場
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川崎の複合ビルⅡ期工事―基礎の配筋検査
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10月は雨の多いはっきりしないお天気の日が続きましたが、川崎の現場は予定通りで順調に進んでいます。
昨日は基礎の鉄筋の配筋検査に、構造事務所のSさんと一緒に行ってきました。

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基礎、地中梁、柱の鉄筋の本数が正しいかどうか、鉄筋の定着長さ、配筋方法に間違いがないかどうかなどを詳しく調べてゆきます。

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設備の配管が通るところはこのようなスリーブと呼ばれる、紙の管を入れておきます。コンクリートが固まった後、この紙管を取り除くと、丸い穴が残って、そこに水道や排水の管などを通すわけですね。これは、あらかじめスリーブの位置、大きさを書き込んだ図面を現場で作ってもらい、私の方で図面上で確認するようにしています。
大きなスリーブのところは補強用の鉄筋が入るので、現場でこれも確認します。

検査の結果は、このスリーブの補強筋がずれて付いているところがあったことと、地中梁のコンクリート被り厚が、一部足りないところがあったので是正してもらうようにしましたが、全体としては大きな問題はありませんでした。
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台湾で見たもの―その8 亭仔脚
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台湾の街を歩いていて面白いなと思うのは、建物の道路に面した部分をアーケードとして開放して、歩道として使われていることです。
これは台北でも、台中でもほとんどの街並みがこうなっていました。歩道に屋根をかけるのではなく、建物の1階を歩道として開放しているのです。幅が4mほどと少し広めなので、歩道としてだけでなくいろいろな使われ方をしています。
日本統治時代にこの形が法的に整備され、「亭仔脚」と呼ばれているそうです。この部分は建物の建蔽率に算入する必要がなく、もし亭仔脚を設けない場合は道路から4m後退しなければならないという法律があるために、ほとんどの建物で亭仔脚を設けているそうです。

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台湾では道路をたくさんのバイクが走っていて市民の足になっていますが、このように亭仔脚が格好の駐輪場になっています。中には車を止めている人もいて、さすがに車が止まっていると人は通れず、車道に降りて歩かなければいけませんが、みんなおおらかに融通しあっている感じがします。あまりうるさいことを言わずにこのぐらいでいいのかもしれませんね。

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これは、僕たちが泊まっていた台北のホテルです。文化財にも登録されているという古い立派な建物ですが、1階部分はレンガのアーチを持つ優雅な亭仔脚になっていました。

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道路と部屋の間に内部と外部の緩衝地帯があるので、職人さんの仕事場になっているところなどは、ご覧のようにかなりオープンな使われ方をしています。

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そして、商店があるところでは、半分ぐらい商品をはみ出して、お店の延長として使われています。多少の雨が降っても濡れる心配がないところが良いですよね。

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そして、食堂はここにテーブルを出して、みんな楽しそうに食事をしています。台湾の10月はまだかなり暑いのですが、日差しがさえぎられるので格好の食事スペースになります。

このようにいろいろな使われ方をされている亭仔脚、とても良い工夫だと思いました。
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台湾で見たもの―その7 青田街
国立台湾大学の北門を出てしばらく行くと、戦前に台湾大学の日本人教職員たちが住んでいたという、青田街というところがあります。そこに昔の日本式の木造住宅が多く残っていると聞いて、行ってみました。

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大学の教授たちも多く住んでいたということで、今でも閑静な、少し高級な住宅街といった街に、こんな感じで確かに日本的な木造の建物が残っていました。
ここは何かの記念館と論語の教室として今でも使われているようでした。

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この青田茶館というところは雑誌にも出ていたのですが、かっては日本人の医学部教授の住居だったようです。

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鉄でできた門が中々凝った作りです。だいぶ錆びていましたが、建設当時のものでしょうか。

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門を入ると庭に面して、昔の日本をほうふつさせる建物に出会います。戦前ということですから、たぶん80年以上前のものだと思われますが、今では日本でもなかなか出会えない、懐かしさを感じさせます。

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中はギャラリーと茶館として使われています。ここはかっての玄関だったところでしょう。

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南側の庭を囲むように、コの字型に増築して、茶館として使われています。
僕たちもここで、ウーロン茶をいただきましたが、テーブルの上で丁寧に入れてくれて、とてもおいしいお茶でした。

戦前の木造住宅なんて、日本ではほとんど残っていないわけですが、台湾では今でもリノベーションして、大事に使っていてくれることが、とてもうれしく思いました。

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青田街を抜けてしばらく歩いていると、夕暮れの中人々の行き交うにぎやかな通りに出ました。
道路でも、公園でも若者もお年寄りもみんなベンチに座ったり、立ったままだったり世間話に興じている風景が何ともいい感じです。イタリアの街を連想させる風景でした。
日本人は夕暮れに表に出て、近所の人と話に興じるということがあまりないのは何故なんでしょうね。
Posted by kozyken
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