江古田の家-配筋検査
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昨日は江古田の家の現場へ配筋検査に行ってきました。

実は今週月曜日にも配筋検査に行ってきたのですが、現場が遅れていて、配筋が完全には終わっていなかったので、今日再度検査に行ってきました。

工事が遅れるのは天候のせいもあるのですが、職人さんの人手不足の影響もあるようです。
これで、月曜日にコンクリートを打設する予定でしたが、天気予報では雨または雪という予報が出ていたので、これも水曜日まで延ばすようにしました。
無理をしないで慎重に進めたほうが良いと判断しました。
お天気ばかりはどうしようもないですね。

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配筋はほぼ終わっています。現場が狭いのでちょっとごたごたして見えますが、中々丁寧にきれいに配筋されていました。大工さんがアンカーボルトをセットしています。

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この位置に1階から2階へ電気配管、設備配管が立ち上がるパイプスペースがあるので、スリーブやら配管が楯もんでいます。

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セットされたアンカーボルト。今回は二階から上は、SE工法というシステム化された木造工法を使うのですが、アンカーボルトも直径20mmという太いものを取り付け金物を介して直接柱に取り付けるようになります。
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「逗子の家」訪問
先週土曜日に5年半ほど前に竣工した逗子の家に行ってきました。

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真冬の寒いときに訪ねたことがなかったので、前々からパッシブソーラー「そよ風」の暖房効果を見てみたいと思っていたのです。

このソーラー暖房システムは、屋根面で温めた空気をダクトを通して床下に吹き込んで、基礎のコンクリートに蓄熱をして、家中を温めるという方式です。
当然日の出ていない日は集熱が出来ませんし、冬至のころは日照時間が少ないことと、太陽高度が低いので効率が落ちます。
今ごろは、まだまだ気温は低いのですが、太陽高度は冬至のころよりはだいぶ上がってきているので、様子を見に行くのにはちょうど良い季節と判断しました。

午前11時頃に伺って、午後1時半ごろに帰るまで30分ごとにデーターを取ってみました。

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玄関の近くに、このようなソーラーシステムのコントローラーがあります。この時は「冬モード」の自動運転をしていました。62℃と出ているのは棟温度と言われるもので、軒先から取り込んだ空気が屋根の中を登って行って棟に達した時の温度を示しています。
写真は12時のもので、11時に計った時はまだ19℃しかなかったので1時間の間にずいぶん上がったことになります。この後1時ごろには69℃まで上がり、帰る時まで同じでした。
たぶん2時過ぎぐらいから徐々にこの棟温度は下がってくるのだろうと思います。

この日は外の最高気温が8.5℃でしたが、室温は19℃から20℃で一定でした。
床の吹き出し口に手をかざしても出てくる空気が暖かくないのは、基礎のコンクリートに熱を蓄えているからで、そのおかげで日が落ちてからも急激に室温が下がることはなく、寒さを感じてきたらエアコンを使ってもらえば良いという考えです。その時でも蓄熱されている熱があるので、エアコンの熱量は普通の家よりもかなり少なくて済みます。

太陽熱を使った、このシステムはこれだけで暖房がクリアーできるわけではありませんが、一日を通しての温度変化が少なく、他の暖房の使用量を減らせるという点で、中々優れたシステムだと思います。

家が出来たころにはまだ幼かった二人の子供たちもだいぶ大きくなっていましたが、二人とも本を読むことが大好きで、読書コーナーとして階段の踊り場に作ったベンチには読みかけの本が置いてありました。

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塔の家
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先日、日本建築家協会主催のアーバントリップに参加して、1950年から60年にかけて建てられた住宅3軒を見学してきました。

「塔の家」(1967年 東孝光設計)、「石津謙介邸」(1958年 池辺陽設計、宮脇檀改修)、「松川ボックス」(1971年 宮脇檀設計)の3軒です。人の住んでいる住宅の中を見ることは中々難しいので、貴重な体験でした。

特に「塔の家」は竣工当時から話題になり、何度もその前を通りながら、50年経ってやっと中を見ることが出来たので感慨ひとしおでした。

青山のキラー通りに面した、たった6坪のしかも三角形の変形敷地に、建築面積3.5坪、地下1階地上5階の極限までに小さな住宅です。雑誌に紹介された写真などで中の様子は知ってはいますが、ここでどんな風に生活が出来るのかという興味はいつもありました。

この家は建築家、東孝光の自邸で、彼は何としても都心に住みたいという思いから、郊外で通常の広さで手に入れることのできる土地の価格で、青山に土地を買うために、狭くて変形な敷地を選択したと言っています。

地下に書庫兼書斎、1階が車庫、2階にダイニングキッチン兼玄関、3階がバスルーム、4階に夫婦の寝室、5階が子供室という構成ですが、各階3.5坪ということは7畳、そのうち1畳分は階段に取られるので部屋の広さとしては6畳ほどで部屋の中を通らないと上の階には行けませんから、部屋のプライバシーは全くありません。もともとドアがないので2階から4階までは垂直にワンルームという感じです。

壁も床も内外ともコンクリートの打ち放し、断熱性能はあまりないだろうし、急で手摺のない階段はバリアフリーとは無縁、収納スペースと言えるものがほとんどない。

では中に入ってみたらどうなんだろうというと、これが予想に反して、部屋は狭いことは狭いけれど窮屈な感じ、圧迫感が全くない。コンクリート打ち放しの壁は、荒らしいけれども暖かさを感じさせる。急な階段は、もともと階高を詰めているので、移動にそんなに苦労は要らない。ということで、考えていたよりもずうっと居心地の良い家でした。

その理由を考えてみると、一つには部屋の形が変形しているで壁に向かい合うという圧迫感がないことと、なんといっても窓の開け方が秀逸なことではないかと思います。
この窓の開け方は、相当に考え抜かれているのだと思います。そのおかげで、家の中を光がうまく回り、視線が外へ向けて、街とのつながり方が部屋を広げている感じがします。

この家を見ていると、住まいの快適さとは何なんだろうと深く考えさせられます。

  <内部の写真は、ネット上に掲載しないようにという主催者側からの要望があり、載せていません。>

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川崎の複合ビルⅡ期工事-サッシの取り付け
今日は午前中、川崎の現場へ打ち合わせに行って来ました。

現場は先月、2階のコンクリート打設も終わり、2階のサッシを取り付けているところでした。

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取り付ける前のアルミサッシを窓の下に置いてあります。

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木造の建物では、サッシは大工さんが柱に釘で止めるのですが、コンクリートの建物では、専門の職人さんが、このようにコンクリートに埋め込まれているアンカーの金物に溶接で取り付けて行きます。

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取り付け終わったサッシは、こんな感じです。サッシとコンクリートの間の隙間は、この後左官職人がモルタルで塞いでゆきます。

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1階は、一足早くサッシが取り付けられて、ガラスも入り、資材置き場、打ち合わせスペース、職人さんたちの休憩スペースとなっています。
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ヴェネツィア・ビエンナーレ帰国展
土曜日に、乃木坂の「ギャラリー間」で行われている、第15回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展を見てきました。

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去年ヴェネツィアで開催されたこの展覧会の日本館のテーマは「en〔縁〕」というもので、12組の建築家が「人の縁」「地域の縁」「モノの縁」というテーマで作品を展示しています。

モダニズム全盛期のような、社会問題を大上段に振りかざす建築をつくることが難しくなった現在の状況の中で、もう少し小さなところからこの「縁」をテーマに地域に根差した建築を考えて行こうという試みです。

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目を引いたのはこの、西田司さんと中川エリカさんのシェアハウス。シェアハウスの文法通りに、共有部分と個室で成り立っているのですが、共有部分のキッチン・ダイニングがゆったりしていることと、各個室が廊下に向かって並んでいるのではなく、それぞれ専用の階段を上がることで、プライバシーが高く、スキップしたレベルの途中にサブの共有部分があり、コミュニケーションがいろいろなところで測られています。このプライバシーとコミュニティーのバランスが絶妙で、こんなシェアハウスだったら住んでみたいなーと思わせるものでした。

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仲建築設計スタジオの1階に食堂を持つソーホーも食堂を介して、ソーホーの利用者も街の人たちとコミュニケーションが取れる、開放的なプランで好感が持てます。

その他の作品もすべて、決して派手ではなく、いかにして建築が街の中に溶け込んでゆくかを模索しているものでした。
「縁」というのは、日本家屋の縁側にも通じるものではないかなどと、展覧会を見ながら考えました。
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