石巻から南三陸町
この土日で、以前から行こうと思っていた宮城県の震災被災地を訪ねてみました。

車で、石巻から入って海岸伝いに、女川、南三陸町と回りました。
石巻は大きな町で、中心部を走っているうちはほとんど震災の跡はわかりませんでしたが、海岸に近づくにつれて壁やガラスが剥ぎ取られたような家が目立ってきます。

石巻港の瓦礫置き場
港の隣の広大な敷地が瓦礫置き場となって、巨大な瓦礫の山がいくつも出来ているのが印象的でした。

海岸伝いに走って、女川に入ると新聞やテレビで何回も見た、倒壊した鉄筋コンクリートのビルが目に入ってきます。女川は小さな町ですが、コンクリートの建物が何棟か放置されている以外は、まったく何もなくなっていました。
女川、倒壊した鉄筋コンクリートの建物

3年前に平泉に行った帰り、この辺を通ったはずなのですがまったくそのときの面影はありません。

女川から南三陸町への途中にも小さな漁村が幾つもあります。たぶん民家が20戸か30戸ぐらいの村なのでしょうけれど、丘の上にある家以外はすべて津波に流されています。

志津川病院
南三陸町に入って、最初に目に付いたのは、廃墟のようになった志津川病院の建物でした。病院の入り口に、亡くなった人たちへの献花台が置かれていました。

南三陸町の町の跡
町の志津川より先は、鉄骨やコンクリートの建物が残骸のように残っているほかは、建物は跡形もなく、ここは町が大きいだけにより大きな衝撃を受けます。

志津川河口

やはり3年前にここへきたときは、志津川の河口まで行ったのですが、その同じ場所が、地盤が下がったのか、遠くに島のように孤立していました。ここにカキの加工施設があって、車でそこまで行ったはずなのに今は海の中にあります。
Posted by kozyken
category:日記
comment(0)    trackback(1)

草屋根の見学
昨日は、制作中の本「内外装材活用シート」の巻頭に載せる記事にするために、僕がいつの屋上緑化を頼んでいるイケガミさんへ取材に行きました。

巻頭は長い文章になるので、ライターの方、カメラマン、編集のHさん、そしてこの本の著者7人を合わせた大所帯で、草屋根のある池上さんの自宅を見せてもらいました。
緑道に面した住まい

池上さんの自宅は、世田谷区の緑道に面した、環境自体が素晴らしいところにありました。建築自体も自然な感じを生かした、とても雰囲気のある素敵な家でした。
草屋根

隣のマンションの4階から見ると、その屋根の様子がよく解るのですが、梯子をかけてもらって眞近で見ると思った以上にいろいろな植物が茂っているのがよく解ります。
これから夏にかけて、もっと緑の量は増えてゆくことでしょう。
まじかで見る屋根の様子

この工法は、池上さんが試行錯誤をしながら考え出したもので、お話を聞くとそんなに難しいものではないようです。
メンテナンスもそれほど手間はかからないようです。とはいっても相手は植物、メンテナンスフリーと言う訳にはゆかないので、植物に興味のない方には薦められませんと言う話でしたが、それは当然ですね。

池上さんの家を見せてもらった後、午後から僕の事務所のある建物に移動して、その屋上緑化の様子をオーナーのOさんの話を聞きながら見学してもらいました。
事務所の上にある屋上庭園

この建物は14年前に竣工して、その時に緑化工事も行ったので14年の経年変化を見てもらおうと言う訳です。
きれいに整っているわけではありませんが、いろいろな植物が思い思いに茂って、これが屋上?と言う感じになっています。一部を家庭菜園にして、今はキューリ、トマト、ナスなどの苗が植わっていました。
Oさんの話では、ほとんどメンテナンスらしいことをしないで、通常の植物の手入れをしていれば、全く問題ないとのことでした。

一緒に行ったメンバーからも、思ったより簡単で、最近は自治体の補助金も出るのでやるだけの価値はあるね、と言う意見が出ていました。
Posted by kozyken
category:住宅
comment(0)    trackback(0)

逗子の家―地鎮祭
今日は去年から設計していた逗子の家の工事契約を午前中に済ませて、そのまま地鎮祭を行いました。

地鎮祭

お天気にも恵まれて、神主さんの詔を聞きながら、裏の山から鶯の声も聞こえてくるのどかな雰囲気の中での地鎮祭でした。

これで来週から工事が始まるわけですが、その前にもうひとつやることがありました。
この家は、西側の道路からはいりその反対側、東側に庭を取っています。東側に急な山があるのでその景色を取り込むためにそのような配置になっています。
その庭に、山に呼応するように少し大きな木を植えたいということで、5mほどの楠木と
ハクモクレンを植えることにしています。ところが家の工事が始まると大きな木の搬入がむずかしくなるので、工事が始まる前にこの木を植えることにしました。
庭と山と2本の木の位置を決めて、それに合わせて家を考えてゆくというように考えていったわけです。

そのために、地鎮祭が終わってから、小田原にある植木屋さんへ植木を選びに出かけました。
植木の選定

小田原から箱根の山すそに当たる一帯が植木の畑になっており、車で奥の方まで案内してもらいました。
楠木とハクモクレンは枝振りの良いものが見つかりすぐに決まりました。
楠木
ハクモクレン

そのほかの木もずいぶんいろいろと見せてもらい、南側の階段室の大きな窓と、その上の吹き抜けに面した小さな窓から見えるように株立ちのアオダモを、その隣の窓から見える位置にやはり株立ちのオカメザクラを植えるようにしました。
アオダモ

家の工事が始まる前に、これだけ真剣に植木を選んだのは初めてですが、以前から考えていた、庭との関係で家のプランを作る、そこから見える景色で窓の形を決めるということが、より具体的な形で実現しそうです。

これから始まる工事に向かって、工事契約、地鎮祭、植木選びと充実した一日でした。
Posted by kozyken
category:建築現場
comment(0)    trackback(1)

ベランダのペンキ塗り


ゴールデンウイーク後半は、あまりお天気に恵まれませんでしたが皆さんはいかがお過ごしでしたか?
僕は予定通り、昨日今日と2日かけて、2階のベランダのペンキ塗りを行いました。
オスモカントリーカラー

5年前にちょうど5月の連休を利用して塗装したので、そろそろやらなくてはと思い、準備をしていました。
塗料は、オスモ社のカントリーカラーと言う木に浸透しながら塗膜も作るタイプで、木材塗料としては、耐久性の高いものです。
5年たっても、浸透性塗料の特徴として、塗料がはがれるようなことはありませんが、だいぶ色があせてきて、指でこすると塗料が指についてきます。これをチョーキングと言い、どの塗料でも塗り替えの目安になります。

自分で塗装を行うと、柱や梁の傷み具合の点検にもなります。幸いどこも痛んでいるところはありませんでしたが。

一通り塗り終わって、塗料がだいぶ余っているので2度塗りをしようと思っていたら、午後から雷が鳴り始め、夕立が降り始めたので途中で中止にしました。
塗料を余らせるのはもったいないので、近いうちにもう一度やらなくてはと思っています。
Posted by kozyken
category:日記
comment(0)    trackback(1)

復刻版―デザイン・サーベイ
復刻版デザインサーベイ

出版社より「復刻 デザイン・サーベイ」と言う本が贈られてきました。

この本は、1960年代後半に行われたデザイン・サーベイで、当時建築文化と言う雑誌に発表された、法政大学宮脇ゼミナールの3ヵ所、明治大学神代研究室の4ヵ所をそのまま再録して1冊の本としたものです。
デザイン・サーベイとは魅力のある都市、集落を調査して、その空間の魅力がどこから来るものなのか分析するという、フィールドワークです。
僕は、学生時代、宮脇ゼミに所属していてこの本にある香川県、琴平の調査に参加していたので本が送られてきたものです。

50年近く前のサーベイの図面と写真を眺めて、その迫力には驚くべきものがあります。
近江、五個荘の町並み(屋根伏せ図)

宮脇ゼミのものは当事者なのでよく解っているので、神代研のものを丹念に読んでいるのですが、その中にはいくつか心引かれる、興味深いところがあります。
神代研の調査地4箇所はすべて漁村であり、村落の形態的調査とともに祭りについての詳細な調査をしています。
漁業は、常に死を伴う危険にさらされ、漁獲は自然の状況に左右されます。そのためにどの漁村も信仰が深く、神に祈願したり、豊漁に感謝する祭りが盛んです。

瀬戸内海、女木島の祭り

この本に出てくる祭りの様子はたった50年前のものですが、いかにまじめに神を敬って祭りが執り行われていたかがひしひしと伝わってきます。写真は当時の学生たちが撮っているはずですが、臨場感のある素晴らしい写真ばかりです。
 
沖ノ島の斜面の石垣集落

もうひとつ写真を見ていて感じること。四国周辺は石の山地が多いことと、海辺の村は強い風や高波から家を守るために、高く石垣を積んで独特な風景を作っているところが多いのです。
高知の宿毛に近い沖ノ島は海岸からすぐに始まる急な斜面にそのような石垣を築いて家が建てられていて、独特な空間構成を持っています。
この写真を見ていてすぐに連想されたのは、南イタリアのアマルフィーの斜面にへばりつくような町です。日本にも同じような空間構成を持つ町があるのだと思いました。

これらの村々は、今はどうなっているのでしょうか。一度たずねたいと思いながら、たぶんもうまったく変わってしまっているのだろうという危惧も感じます。
Posted by kozyken
category:
comment(0)    trackback(1)

| HOME | next