「写真家、チェ・ゲバラが見た世界」
このお盆休みはどこへも行かず、家でのんびりしていますが、昨日は恵比寿のガーデンプレイスホールで開催されている「写真家、チェ・ゲバラの見た世界」という写真展へ行ってきました。

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土曜日の新聞に、広島の原爆ドームを慰霊塔からの軸線を少し右に外したところからとった、端正な一枚の写真が載っていました。写真は、キューバ革命に勝利した直後の1959年に来日したチェ・ゲバラが撮影したと書かれています。
ゲバラは写真が好きで、どこへ行くときもカメラを持って行ったといいます。その写真を保存していた彼の息子さんが協力して、今回の写真展が開催されていると聞いてさっそく見に行ったわけです。

アルゼンチンで医学部の学生だった時の南米一周のモーターサイクルの旅に始まって、キューバ革命前後、その後の日本を含めた世界各地への親善大使としての旅行、最後に殺されるまでのボリビアでの写真など240点余りが展示されていました。
ゲバラは人一倍好奇心の強い人だったらしく、どの写真にもシャッターを切った瞬間の彼の被写体への気持ちがそのまま映っているような気がします。

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写真はカメラという機械を媒体とするので、絵画のような作家の手の痕跡がないという意見もありますが、彼の写真を何枚も見ていると、画家の手の痕のように、シャッターを押すときのチェ・ゲバラという人が60年という歳月を飛び越えて蘇ってくるように感じられます。
今年は、1967年にゲバラがボリビアで捉えれれて処刑されてから、ちょうど50年めの年に当たります。会場では写真の展示だけではなく、ゲバラの活動の詳しい解説もあり、彼を知るためにも良い機会でした。
8月27日(日)まで開催されています。

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建築東京8月号
僕の所属している、東京建築士会というところで、会員向けに毎月発行している、「建築東京」という情報誌の8月号に、「イタリアの新しい宿泊スタイル―アルベルゴ・ディフーゾ体験記」という記事を掲載させてもらいました。
昨年のイタリア旅行で泊まり歩いてきた、アルベルゴ・ディフーゾ、3か所について写真入りで詳しく書いています。

ぜひ、手に取って読んでくださいと、言いたいところなのですが、会員でないと手に入れにくい冊子のため、ここにコピーを乗せることにしました。
ちょっと読みにくいかもしれませんが、読んでいただけたら幸いです。

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宮脇檀の住宅見学
先週は、僕の恩師である建築家、宮脇檀先生の設計した住宅「中山邸」の見学会に参加してきました。

竣工してから30年ほどたっているのですが、住まわれていたご夫婦が高齢のため家を手放すことになり、この見学会を開いてくれたものでした。このようなことでもない限り、個人の住宅は、なかなか見学の機会はないので、貴重な体験でした。

埼玉県の安行という、植木で有名な町にあるこの住宅は、もともとこの土地の有力者の家があった土地で、この建物ができた30年前には、大きな長屋門と、敷地の周りを取り囲む環濠があったそうです。

その広い敷地に、コンクリートと木造の混構造で、軒の深い瓦屋根の載った、大きな住宅でした。
瓦屋根と深い軒と言えば、和風のデザインですが、ベタな和風にならないところが宮脇流です。雁行して部屋がつながってゆくプランは、このゆったりした庭との関係を考えて、内外を繋ぐ開口部の開け方に特別な注意が払われているようでした。

瓦の載った門をくぐると長い屋根のかかった玄関のアプローチにあたります。

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その横を回るとメインの庭に出ると、雁行するプラン、瓦の乗った屋根のつながりの家の全貌を見ることができます。

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コンクリートの壁は幅の広い横の目地が、なんとなく蔵のような感じがします。大谷石を連想させるからでしょうか。

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これはご主人の書斎です。

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居間は、南側のメインの庭、北側の庭、東側の食堂前の中庭に面しいます。暖炉があって、居心地のよさそうな部屋でした。ソファとイージーチェアーはコルビュジェのデザインのものが使われています。

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キッチンは、使いやすそうなレイアウトで、隣に家事室、主婦のカウンターがあり、玄関からも繋がって回遊同線のプランで、この辺も宮脇さんの神経が行き届いています。

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今はなくなっていますが、竣工当時は敷地の周りに環濠があると聞いて、僕が学生時代に、宮脇ゼミで調査に行った大和郡山の環濠集落「稗田」を思い出しました。あの稗田の環濠越しに見える風景が、この住宅の設計中にどこかで宮脇さんの頭の中によぎったのではないかと想像しました。

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無償医療ネットワーク

先週の土曜日は、友人が主催しているNPO法人「東京発アジアの子どもたちに微笑みの輪を広げる無償医療ネットワーク」の総会にゲストとして参加してきました。

ここでは、東京歯科大の口腔外科の医師たちが中心となって、アジアの開発途上国の子供たちの口蓋の障害を無償で治療する活動を行っています。友人は、歯科大の先生をやっていた時からベトナムの子供たちの支援を続けてきて、退任後にこのNPOを立ちあげて、支援活動を続けているのです。

いわゆる、みつくちなどの口蓋裂・口唇裂は先手的な異常で、約550人に一人の割合で生まれてくると言われているそうです。食事の時の咀嚼、言葉の発声などの問題だけでなく、見た目の顔の異常が精神的に大きな負担になります。

日本では、医療が発達していることと、経済的に豊かなことで、大変ではありますが必ずきれいに治るケースがほとんどだそうです。しかし、発展途上国では医師の技術的な問題に加えて、貧困家庭では手術を受けることが経済的に困難で、そのまま捨てて置かれるケースが多いようです。

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友人のNPOでは毎年ベトナムに2週間ほどチームで滞在して、他の海外のチームと共同して、去年だけでも30名近い子供たちの治療を行ったそうです。
総会では、動画でその活動の様子を見せてもらいましたが、無事手術が終わって、嬉しそうな子供とお母さんたちを見ると、改めて素晴らしい活動をしていると思いました。

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この会の後半は、僕の知人でナポリから一時帰国している中橋恵さんの「イタリアの障害を抱える児童の学校教育事情」という講演でした。

イタリアでは1970年ごろから、インクルーシブ教育(統合教育)が行われていて、障害のある子供もそうでない子供も同じ教室で授業を受けるようにしているそうです。障害のある子供には専門の先生が付くそうですが、それだけではなく、ほかの児童たちも積極的に障害のある子供の手助けを行い、障害があるからと言って差別されることもなく、校外の生活においても、周りの人が障害児を特別視することなく、普通に接しているということです。
日本のような陰湿ないじめはなく、ましてやいじめが原因で子供が自殺するというようなことはイタリアでは考えられないという話でした。

インクルーシブ教育のディメリットとしては、どうしても教育のスピードが遅くなり、イタリアの子供の学力はヨーロッパの中では最下位になるそうです。しかし、北欧のようなインクルーシブ教育がイタリアよりも早くから進んでいる国では、学力が低いという話は聞きませんから、原因はそれだけではないのかもしれません。

この日は、二つの話を聴いて、とても考えさせられることの多い有意義な一日でした。
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「宮脇檀 手が考える」展
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昨日は、神宮前の建築家会館で開催されている、僕の恩師の宮脇檀先生の「宮脇檀 手が考える」展を見に行ってきました。
宮脇さんは、美しく住みやすい住宅を数多く設計し、住宅作家として有名ですが、ずば抜けて絵が上手なことでも知られています。
今回はその宮脇さんの手書きのドローイングばかりを集めた展覧会です。

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そして、改めてその絵のうまさには驚きを感じました。絵のうまい建築家は大勢いますが、これだけ達者な人はあまりいないのではないかと思います。自分の考えているデザインがそのまま手を通して紙の上に出てくる感じで、「手が考える」という展覧会のテーマそのままの感じです。

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僕は、学生時代この宮脇さんの研究室で、デザインサーベイということをやっていました。デザインサーベイとは伝統的で美しい街並みを調査、図面化してその町の魅力を探るというフィールドワークなのですが、今回の展示でもパネル3枚分だけ、このサーベイの図面を展示させてもらいました。
1969年に香川県の金刀比羅宮とその参道を調査した時のものですが、この図面の一部は僕が書いているものです。

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もう一つ懐かしかったのは、会場に置いてあった自転車。これは79年に宮脇さんが、日本建築学会作品賞を受賞した時に、我々教え子がお金を出し合ってプレゼントしたものです。当時僕の勤め先が三田にあったので近くの「山王スポーツ」という自転車屋さんにオーダーしたもので、予算が限られている中で、ギアだけはイタリアのカンパニヨーロを使ってもらうように注文したのをよく覚えています。現在は、ちょうど会場にいた、元宮脇事務所の方がレストアして乗られているということでした。
Posted by kozyken
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