名画座-早稲田松竹
久しぶりに早稲田松竹

早稲田松竹

JRの高田馬場駅から僕の仕事場へ行く途中に、早稲田松竹という古くからある名画座があります。土曜日に久しぶりに仕事帰りに見てきました。
名画座というのは、封切りから時間のたった映画を2本立てで安い価格で見せてくれる映画館ですが、その二本をどのように組み合わせるか、運営サイドの考え方やセンスがわかって面白いものです。
よくあるのは、フェリーニ特集、ベェルトリッチ特集などと監督によって組合わせたり、主演の俳優によって組み合わせたりするものですが、今週は画家を題材にした映画の2本立てでした。

放浪の画家ピロスマニ

1本は69年のグルジアの映画「放浪の画家ピロスマニ」。
僕は不覚にもこのピロスマニという画家を知りませんでしたが、グルジアで店舗の看板画きをしながら、動物や街の人々の絵を描いていた画家です。その素朴な動物や人物を描いた絵はちょっとアンリ・ルソーを思わせるところがあります。
グルジアの人々や風土が見事に映像化された映画でした。74年に日本で上演されたときはロシア語だったそうですが、今回はデジタルリマスター版で、言葉もオリジナルのグルジア語になっているそうです。どちらにしても言葉はわからないわけですが、言葉の響きと描かれるグルジアの風土を見るとこれは絶対グルジア語のほうが良いですね。

FOUJITA

もう一本は、日本映画で、小栗康平監督の「FOUJITA」。画家の藤田嗣治をオダギリジョーが演じています。
前半がパリ時代のフジタを描いて、後半が戦時下の日本が舞台になっています。

この映画は圧倒的に後半の日本の風景の描き方が美しく、素晴らしい映画だと思うのですが、僕は前半のパリ時代の描き方に違和感を覚えました。なんとなくしっくりしないというか、ちぐはぐな感じがぬぐえません。
同じ監督なのに前半と後半でこんなに違うのはどうゆうわけなのか。日本人だから日本のほうがうまく描けるのは当たり前かもしれませんが、もしかしたらパリでの撮影スタッフ等の技術的な問題があるのかもしれないと思いました。
それにしても、後半には素晴らしいシーンがたくさん出てくるので、これを見るだけでも価値があるといえます。

最近はあまり映画館に行かなくなり、ついついレンタルDVDで映画を見る習慣がついていますが、やっぱり映画館で見るのはいいですね。
名画座というと昔はホールがあまりきれいでないというイメージがあったのですが、今の早稲田松竹は椅子もゆったりして、中もきれいです。僕の場合はシニア料金で、2本立て、900円で見られるので、これからも時々は見に来ようと思います。
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もしも建物が話せたら
もしも建物が話せたら

土曜日に前から見たいと思っていた、ヴィム・ヴェンダース制作の映画、「もしも建物が話せたら」を見てきました。

6人の映画監督が自分の好きな建築を題材に、ナレーターの語りでその建築はこんなことを考えているのではないかということを表現しています。
ヴィム・ヴェンダース自身もその中に入っていて、ハンス・シャローンの設計したベルリンフィルハーモニーホールを撮っています。そのほか俳優で映画監督のロバート・レッドフォードがルイス・カーン設計のソーク研究所を撮っていたり、パリのポンピドーセンターや、オスロのオペラハウスなどが出てきます。

僕が一番気に入ったのは、女性監督のマルグレート・オリンの撮ったオスロ、オペラハウスでした。建物も素晴らしい建物ですが、演奏家、歌手、バレーの踊り手などがいろいろな場所で、様々な表情を見せながら練習をしている姿が建物と関連付けて撮影されているところが面白く感じました。この建物は、オスロの湾に面して全面の広場から持ち上がる屋根の上を自由に人が歩けるようになっています。その建物の内部と外部の関係を人の行動と共にうまくとらえている映像になっていました。

3時間に近い長い映画でしたが、建築が好きな人にとっては飽きさせることのない、とても興味深い映画ではないかと思います。
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アルゲリッチ 私こそ音楽
アルゲリッチ 私こそ音楽

この土曜日は久しぶりに劇場で映画を見ました。
ピアニストのマルタ・アルゲリッチの娘さん、ステファニーが映画監督で、母であるアルゲリッチを撮ったドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ音楽」(原題 Bloody Daughter)

アルゲリッチは僕の大好きなピアニストの一人ですが、昔から自由奔放な人という話を聞いているぐらいで、その私生活についてはあまり知りませんでした。
アルゲリッチには3人の娘さんがいるのですが、その父親がすべて違い、この映画を撮ったステファニーは3女でアメリカ人のピアニスト、スティーブン・コヴァセビッチとの間に生まれています。

映画は、アルゲリッチの日常生活、コンサートの様子、古いコンサートのフィルムを挟みながら、カメラを前にしたアルゲリッチにステファニーが話を聞くという形式をとっています。カメラは極端にアップで、ステファニーが今まで知らなかった母について、何でも聞いてみたいという意欲が現れているように見えます。
アルゲリッチは、音楽がすべてという女性なので、母親としては相当に難しい人だったらしく、長女のリダは大人になるまでは母に会ったこともなかったと言います。現在ではヴィオラ奏者のリダはアルゲリッチとたびたび演奏を行っているようですが。
娘だから捉えることのできたピアニストとして、また母親としてのアルゲリッチ、そして難しい少女時代を過ごした三人の娘と母親が、この映画を通してお互いの理解を深めているようにも見える映画でした。

映画の中で僕が良く知っているアルバムの話が出てくるところがいくつかあります。

ラベル 夜のガスパール

ステファニーが「私がお母さんのお腹の中にいるときは、演奏に何か変化があった?」と聞くと、アルゲリッチは「特に変わりはなかったわね。その時はラベルの夜のガスパールを録音していたのよ、私のレコードの中で一番売れたレコードなんだけれどね」というシーンがあります。僕はこのレコードを聴いて、ラベルが好きになったという記憶があります。

シューマン 子供の情景・クライスレリアーナ

また、シューマンという作曲家は私にとって特別な作曲家なの、というシーンもあります。

映画を見て、今度はぜひコンサート会場でアルゲリッチの演奏を聴きたいと思いました。
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ライフ
ライフ

ここの所仕事が重なって、ブログをなかなかアップすることが出来ず、2週間も間が空いてしまいました。

こんな時は映画でストレス解消、ということでDVDを借りてきてみたのが「ライフ」。
監督と主演がベン・スティラー。よく見る俳優だけれど名前を初めて知りました。
ちょっとコメディータッチの映画ですが、なかなかよくできた映画でした。

主人公のミティは空想癖のあるちょっとさえない男で、長年ライフ誌の写真整理係をしています。新しく入社した女性に片思いしているのですが、かっこいい姿を見せるのは空想の中だけ。
ライフは廃刊になる予定で、最終号の表紙を飾る写真がカメラマンのシェーンから送られてくるのですが、なぜか大事な写真だけが抜けています。シェーンはだれにも連絡せず常に移動しているので、連絡の取りようがない。そこからミティの冒険が始まります。
最初に行ったグリーンランドでは、一足違いでシェーンはアイスランドへ、世界中を追い回して、やっとヒマラヤの山奥で雪豹の写真を撮っているシェーンと出会うことが出来ます。
シェーンを追いかけているうちに、ミティは逞しい男になって、彼女ともうまくゆくようになります。
話の“みそ”は、だれにでもある空想だけの世界を、現実にするというところにあるのでしょうが、ストーリーが良くできています。

この映画にはシャーリー・マクレーンとショーン・ペンという2人の名優がほとんどチョイ役で出てきます。
シャーリー・マクレーンはミティの母親役で、彼が実家に帰るシーンで2度ほど出るだけですが、話しているときの顔がすごくいい。そしてショーン・ペンはカメラマン、シェーンの役でヒマラヤで出会ったミティとほんの2,3分話をするだけですが、これがまた話し方がとても良くて存在感があります。

この映画、二人の名優が出なければ、まままあ悪くない映画という程度かもしれませんが、この二人が出ることで見ごたえのある映画になっていると言えそうです。
それにしても、この二人はいいなー、と改めて思いました。
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朝食、昼食、そして夕食
スペイン映画「朝食、昼食、そして夕食」を見ました。

日々の生活の中で我々が抱えている問題は、他人から見れば些細なとるに足りなことに思えるのかもしれません。でも大方の人々はそんな問題を抱えながらも、やがてそれを解決するかまたはそれを忘れさって、また次の問題に囚われながら生活を続けて行く。そんなことを食事をすることを通して語りかけるような映画でした。

朝食、昼食、そして夕食

場所はスペインのガリシア、サンチアーゴ・デ・コンポステラ。大聖堂と巡礼で有名な小さな町で暮らす人々の話です。
大聖堂裏の広場でギターを弾きながら歌を歌う男、夫とかわいい子供に恵まれながら満たされない主婦、料理を作りながら恋人を待ちわびる男、ゲイのカップルとその兄、初老の男と若い愛人、歌手を夢見る女性、等々、大勢の人々が登場して、朝食を食べ、昼食を食べ、そして夕食を食べながら彼らの問題が展開してゆきます。

朝食、昼食、そして夕食2

現代は18comidas、18の食事。ちゃんと数えてはいなかったけれど多分6つの食卓を囲む話が3食分ということでしょうか。と言ってもこれは決して料理を巡る映画ではないので、豪華な料理が出てくるわけではありません。食事を通して、ある一日に人々の生活やら問題やらが展開して、関係ないと思っていた登場人物がやがて微妙に絡んで、やがて一日の終わりにたどり着くという話になっています。

僕がスペインという国が好きなこともありますが、最近のスペイン映画には佳作が多いような気がします。
Posted by kozyken
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