28,
2008

フェリーニのアマルコルドをビデオで借りて来て見ました。
なぜ古い映画を見直す気になったのかと言うと、少し前からジョン・アーヴィングの新作(と言っても出版されてから1年経っている)「又会う日まで」を読んでいます。その中で主人公がハリウッドの映画スターになるので、度々映画の話が出てきます。フェリーニは「81/2」は好きになれないけれど「アマルコルド」が良いというせりふが出てくるので、見てみようと思ったわけです。
「アマルコルド」は昔、飯田橋の名画座、ギンレイホールで「サテリコン」との二本立てで見て、そのとき以来フェリーニの映画のファンになったと言う記憶があります。
そういえば、「81/2」も高校生の頃に新宿のアートシアターで見たけれど、その頃は良く理解できなかったということも思い出しました。
この映画には、一貫したストーリーがあるわけではなく、イタリアの小さな町に、綿毛が舞い、春の到来を告げるところから始まって、その一年の間のエピソードを積み重ねてゆくと言う形式をとっています。
そのひとつひとつの映像が素晴らしく、映画以外の方法では表現できないものがここにあるのだと思います。
映画によっては、脚本が素晴らしかったり、原作の小説の方がよいと言う例も多いけれど、フェリーニの映画と言うのは、多分脚本を読んでも面白くはなく、映像になって始めて輝き始めるのではないかと思います。
雪の降る街角に孔雀が舞い降りて羽を広げるシーンや、霧で周りが全く見えない中を手探りで歩く少年の前に、突然牛が現れるシーン、そして、航海中の大型客船を見るために、町中の人が小船に乗って、夜の海へ繰り出してゆくと、突然目の前に見上げるような巨大な船が現れるシーン。夜空に光り輝く客船の美しいこと。
この船を写しているカメラが、下の方に移動していって、一瞬、海が見えて、次のシーンに変わるところで、この海がビニールで出来ているのに気が付いたりするのも、フェリーニの映画を見る楽しみですね。
思い出しては、時々見直してみたい映画のひとつだと思います。
話は違いますが、今朝の新聞にポール・ニューマンが亡くなったと出ていました。
大好きな俳優だったので、残念ですが、ご冥福をお祈りします。







