夏の朝の成層圏
夏の朝の成層圏


池澤夏樹の「夏の朝の成層圏」(中公文庫)を読みました。

僕は池澤夏樹と言う作家が、しばらく前から気になっていたのですが、まだ一冊も彼の本を読んだことはありませんでした。
まあ、読むきっかけにめぐり合わなかったと言うことなんでしょうが。
なぜ気になっていたかと言うと、今年の初めにガルバス・リョサの「楽園への道」を読んだのですが、これが河出書房新社の世界文学全集の二冊目にあたり、この全集が池澤夏樹の個人編集となっています。
その後の出版予定にも魅力的な本がたくさんあったので、池澤夏樹ってどんな作家なんだろうと思ったわけです。

初めての作家の本を読む場合、彼のようにすでに多くの小説を出していると、どの本から読んで良いのか、すごく迷います。それで、本屋に行くたびに色々手にとっては、躊躇していたのですが、先日やっとこの本を買ってみました。

後で気がついたのですが、この本は彼の処女作と言うことです。偶然ですが、これは僕にとってラッキーだったと思っています。処女作が気に入れば、この後もお気に入りの作家として、読んでいけそうな気がします。

ストーリーとしては、南太平洋で、漁船から落ちて、無人島に流れ着いた男の話。
しかし単なる漂流物語ではなく、他者との関係を失ったところで、人間がどのように自分と言う存在を作ってゆくか(または捉えなおしてゆくか)と言う、興味深い話として読めます。

文章の映像的な表現が巧みで、無人島での生活が観念的にではなく、リアルなものとして読者に理解させる力を持っています。
処女作として、相当力を入れて書いた本のように思えますが、これから他の作品を読んでゆくのが楽しみな作家に出会えたと思います。
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西沢文隆「実測図」集 続き
西沢さんの「実測図」集を読み終わりました。

西沢さんの「実測図」と宮脇ゼミのデザインサーヴェイの図面の一番大きく異なるところは、西沢さんの図面には生活を感じさせるものがないということではないかと思う。
これは良い悪いの問題ではなく、日本の文化の一面として、我々が考える生活と言うような雑多なものを超越しているものがあることではないかと思います。

誰だか忘れましたが、「生活?そんなものは召使にでも任せておけ」と言った西洋の貴族がいましたが、洋の東西を問わず、文化の一面としてそういうことがあるのだと思います。
日常性とか、生活、利便性と言ったものをいったんはずしてしまえば、デザインはより自由に、より精神性を深めてゆくと言うことも言えるのではないかと思います。

天竜寺

西沢さんの図面、特に建築や庭の部分だけでなく、その何倍にも広がる、周囲の山や池などの自然を含んだ雄大な断面図を見ていると、人間の営みの卑小なこと、あくまでも自然あっての庭であり、建物であると考えさせられます。
そのような図面に、細密な鉛筆のタッチが実によく合っています。

宮脇ゼミのデザインサーヴェイは、多分その対極にあるのではないかと、僕は感じています。
なぜかと言えば、一軒一軒の住宅から、町全体まで広がる平面のつながりの中から、そこに暮らす人々の生活を想像することによって、町のありようを表現するのが、我々のデザインサーヴェイだったのではないか、最近考えています。
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ファイアーズ−レイモンド・カーヴァー
ファイヤーズ

レイモンド・カーヴァーのファイヤーズ(炎)を読みました。

これは、全7巻ある、レイモンド・カーヴァー全集の第4巻目に当たる。この全集は全て、村上春樹が翻訳しています。村上春樹のおかげで、僕達はレイモンドカーヴァーと言う素晴らしい作家を知るようになったわけで、感謝しないといけないと思っています。
この全集が出る前から、レイの短編のいくつかは、やはり村上春樹の約で読んでいたのですが、本格的に読むようになったのは、この全集が出てからで、最近ではペーパーバック版も出ているようですが、僕は以前からこの版でそろえているので、残りの二冊もこの版で買おうと思っています。巾の狭い、ちょっと変形の版で、丁度手になじみやすくて、読みやすい大きさと言うところも気に入っています。

この本は、エッセイと詩と、短編小説の三部からなっていて、エッセイもとても興味深いものなのですが、短編小説のことを少し書いてみたいと思います。

彼の小説の主人公は、いつも何かが失われているような気がします。それがはっきりした形をとることもあれば、はっきりとした形の無い場合もあるけれど、それが読み手に対して、何か漠然とした不安感を与えているように思えます。

「隔たり」と題された短編は、まだ少年少女と言っても良いほど若い夫婦の話で、少年は父親を失っている。結婚しているとはいえ、まだ父親を必要とする年齢で、父親を喪失しているわけです。
そしてこの話は、20年後に当時まだ生まれたばかりだった娘に、思い出話として父親(かっての少年)が、話していると言う形をとっています。そして、なぜか彼らはミラノの彼のアパートにいて、そこにはかって少女だった妻は一切出てこない。つまりここでは妻は喪失されているわけです。父親の話は、はっきり死んでいると書かれているのですが、20年後の妻のことは、全く話に出てこない。
もしかしたら、たまたま旅行にでも行ってiいて、居ないだけなのかもしれないし、20年の間に色々あって離婚したのかもしれない。又は死んだのかもしれない。しかし、元々主人公の1人であったはずの妻について、何も語られないということが、読者を居心地の悪い、不安な状態に置くようになるのです。
僕は、多分妻は、死んでいるのだと思っている。この話は少年が鴨撃ちに出かける話が中心なのですが、その中に夫婦の鴨は、片方が死ぬともう片方は決して番いを組むことは無くなるという話が出てきます。この話が、妻の死を暗示しているのだと解釈しているのですが。
このように、彼の小説は非常に簡潔にストレートに書かれているようで、読者に色々な読み方を許容するところがあり、中々一筋縄では行かないと思います。
もっとも、優れた小説とは、みんなそう言うところがあるのかもしれませんね。

一度読んでも、すぐにもう一度読みたくなるような小説だと思います
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「セル」 スティーヴン・キング
セル


久しぶりにスティーヴン・キングのホラー小説を読んだ。
「セル」(新潮文庫)、携帯電話のことです。

ある日、携帯電話の電波に特殊なパルスが流され、一瞬の内に携帯電話を掛けていた人間が発狂してしまうという怖い話。
人間の脳の中にある、理性とか経験、記憶が全て消去されてしまい、動物的な凶暴な攻撃性だけが残され、周りの人間を攻撃して、殺し始める。
僕は、これを読んで、この間の秋葉原での無差別殺人のことを思い出してしまった。一人の狂気に駆られた人間の為にあれだけ悲惨な状態になったのだから、廻りじゅうの人間が狂ってしまったらどのような状態になるのか、考えるだけでも恐ろしい。
あの事件も、携帯電話が原因のひとつになっていたという話もあるし、絵空事と笑って済まされない怖さが、この小説にはあります。

携帯電話が嫌いな為に助かった主人公と、たまたまその日携帯電話が壊れていた男、そして、狂った母親から逃げてきた少女の3人が、助け合いながら危機を切り抜けてゆく。

不気味なシーンも多いけれど、やがて主人公達の間に友情が芽生えて、協力して進んでゆくというのは、キング小説のいつものパターン。解っていながらも決して気持ちの悪い感覚がない。
相変わらずのストーリーテーラーぶりで、長い話を一気に読ませるので、仕事に疲れているときには持って来いといえる一冊です。
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ロマネスクヘの旅
フランス・ロマネスクへの旅


先日、本屋で「フランス・ロマネスクへの旅」(中公新書 池田健二著)と言う本を見つけて、今読んでいる。

フランス各地に点在する、中世ロマネスクの教会建築を何度も訪ね歩いている著者は、建物と彫刻の豊富な写真ともに丁寧な解説を書いている。写真がもっと大きいと言うことはないのだけれど、新書版だから仕方がない。それよりもこの内容で、1000円で買えるところがうれしい。

ロマネスクの教会はゴシックよりも素朴で、石のどっしりした重量感が僕は好きだ。
そして、建物のいたるところに彫られた彫刻も素朴で、ほほえましい感じがする。ほとんどが聖書を題材にした彫刻なのだけれど、後世に描かれた受難の絵画のような血なまぐさい感じがしない。
大体、人物像の頭が大きいのが、親しみを感じさせる原因で、どこの教会にもあるマリア像はたいてい5頭身ぐらいで、農家のお上さんのような感じがする。

著者は、ディジョンの大学に行っているときに、ヴェズレーのサント・マドレーヌ寺院を訪れたときから、ロマネスク建築の虜になったとあとがきに書いている。
僕も、ずい分昔にヴェズレーを訪れて、その町のたたずまいとサント・マドレーヌがすっかり気に入って、ロマネスク建築が好きになった思い出がある。

そのときは、かみさんと一緒にディジョンから、ローカルな二両編成のディーゼルカーに乗って、一面に麦とぶどうの畑が広がるブルゴーニュの景色の中を、のんびりと古いロマネスクの雰囲気の残る町々を訪ね歩きました。
オータン、ヴェズレー、オーセール、どこもきれいな町でしたが、特に丘の上にひっそりとたたずむようなヴェズレーの町が印象に残っています。

この本を読んでいるうちに、まだ見ていないロマネスクの教会を訪ね歩く旅を、又したいものだと思いました。
Posted by kozyken
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