春遠からじ
花


今日はずい分暖かく、春ももうすぐと言う感じがします。

僕の事務所の入り口には、植木鉢に時々花を植えてみるのですが、これが中々続いてくれません。

気を使って、水をやったり、肥料を上げたりしているのだけれど、どうしても夏休み、お正月のような長い休みの時に枯れてしまします。

去年の秋に日々草を植えたのが、やはり正月休みで枯れてしまいました。しばらく其のままになっていたのですが、何も植わっていない植木鉢が置いてあるのも無粋なので、家の近くの花屋さんで買ってきた、パンジーとジュリアンを植えてみました。

こうやって花を見ていると、春が来るのが待ち遠しいですね。
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リフォームの現場  増築部建て方
建て方


昨日は、朝からリフォームの現場へ

鉄骨の補強は全て終わり、既存の柱を取り払い、増築部分の骨組みを建て込み終わっていました。
まだ骨組みの状態ですが、全体の様子が解るようになって来ました。

家具屋さんから、家具の施工図が出てきて、そろそろ家具の製作に入りたいと言うことなので、午後から、お施主さんと、材料の色決めの相談。
基本的に家具はナラ材で作るのですが、キッチンカウンターのコーリアンの色を決めたり、洗面室に付く、家具のメラミンの色を決めたりしました。
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category:建築現場
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楽吉左衛門の茶室
今朝のNHKの新日曜美術館では、滋賀県守山市に去年出来た佐川美術館の楽吉左衛門館を特集していました。

これは、楽吉左衛門の陶芸作品を展示する展示室とそこから繋がる茶室からなっており、吉左衛門自身が設計したものです。
実施設計は工事を担当した竹中工務店がやっているとしても、番組を見ていると、デザインの詳細な部分、そして現場に入ってからも、頻繁に現場を訪れて彼自身が工事に深く係わっていたことが解かります。
元々茶室と言うのは、利休や織部など、茶人が自分の好みに応じて作っていたことを思えば、これは正統的な作り方と言えるのかもしれません。
番組の中で、吉左衛門は楽焼を作るのと、建物を作るのは、自分にとって全く同じ作業であると言っていました。
茶碗を作るときに、材料から吟味して、土を捏ね、形を作り、削り取って、釉薬をかけると言う、一つ一つの作業を確認しながら、作品として仕上げてゆく工程と同じことを、建物の建設においても行うと言うことです。
これは至極当たり前のことのようですが、予算と工期と法規に縛られている現在の建築では中々難しいことだなと、妙に現実的なことを考えながら見ていました。

建物は、地下にある展示室から地下の通路を通って、途中、円筒形の空の見える地下の池を中待合として、少しずつ上に上り、二畳の小間の茶室を経て、最期に地上の広間に至る構成になっています。小間の茶室までは地下で、限定された光の中にあり、一転して広間は、目の前に広い水の空間が広がる開放された空間です。
地下の通路は、コンクリートと石で出来ていて、一切緑はありませんが、茶庭の路地のように、茶室へと通じるシークエンスを感じることが出来ます。

建物が出来上がって、最初に小間の床の間に、銘品の竹の花差しを掛け、一輪の椿を生けるとき、この花指しが新しい茶室を認めてくれるかどうか心配だったそうです。
作る人間の意志を超越したところで、「もの」と「もの」とが関係を結ぶと言う考えが、茶室と言う建築を象徴しているようでした。
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category:建築
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「日本の建築」  吉田鉄郎
日本の建築


建築家、吉田鉄郎の「日本の建築」を読みました。

この本の特異なところは、原文がドイツ人の為に日本の建築を紹介すると言うことで、ドイツ語で書かれていることです。
戦時中に原稿は出来ていたようですが、戦後になって出版され、一部では名著との評判があったようですが、なに分ドイツ語で、日本では読める人が限られていた。それを1972年に薬師寺厚が翻訳して、広く読まれるようになり、最近鹿島出版から再出版されたものです。
内容はドイツ人の為の日本建築入門と言うことですが、かなり内容が濃く、若い人の入門書としても、僕のような年齢の人間にとっても、日本の建築を再認識するのにうってつけの本だと思います。

日本人が書いた本なのに、文章が翻訳調なのが面白いところですが、ところどころ、日本と西洋の歴史を比較するようなところも出てきて、興味深いところがあります。
たとえば、日本の桃山時代をルネッサンスと比較したり、西洋の中世は暗黒時代であったが、日本の中世は足利文化が花開いて、金閣寺や銀閣寺が出来たなどという記述もあります。
元々は大きな判だったのだと思いますが、SD選書に入った為に、写真や図版が小さくて見にくいのが少し残念です。
原文が書かれた時代から、歴史的判断、評価の変化しているものもあり、それについては再出版にあたり、伊藤ていじの詳しい解説が付いているのも解かりやすいところです。
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アクターズ・スタジオ・インタヴュー
アクターズ・スタジオ・インタヴューと言うTV番組を知っていますか。

ニューヨークのアクターズ・スタジオでジェームズ・リプトン(ここの先生だと思うのだけど)がインタヴュアーを務めて、有名俳優をゲストに迎え、演劇を学ぶ学生達の前で、公開インタヴューを行なうと言う番組です。
ゲストのキャリアの話から始まって、出演作品の一部を見せながら話を進めてゆきます。
インタヴュアーの突っ込み方も面白いし、それを受けてたつ俳優達の反応がこれまた機知に富んでいて、結構長い番組ですが、時間のたつのを忘れるほどです。

結構昔からやっていた覚えがあるのですが、定期的に放送するわけではなく、時々まとめてシリーズで放送しているので、気がついたときしか見ていないのですが。
それでも、記憶に残っているだけで、ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウイリアムズ、アル・パッチーノ、ダスティン・ホフマン、スーザン・サランドン、シシー・スペイク、メリル・ストリープ、メグ・ライアン、キャメロン・ディアスなど、そうそうたるゲストです。

先日は、ジョディー・フォスターがゲストになっていたので、かみさんに録画しておいてもらって、昨日見ました。(NHKBS)
ジョディー・フォスターは僕の大好きな女優ですが、素顔も、話す時の表情も素敵でした。
子供のころから子役で出ていて、「タクシードライバー」の時は12歳でデ・ニーロと共演、
「告発の行方」「羊たちの沈黙」で二度アカデミーを獲得、と大変なキャリアです。

「羊たちの沈黙」で、事件のヒントを得るために、刑務所に居るアンソニー・ホプキン演ずるレクター博士に話を聞くシーンがあります。それを番組の中で見たのですが、ジョディー・フォスターの演技は本当にすごいと思いました。

週末は、ビデオを借りて、「タクシードライバー」と「羊たちの沈黙」をもう一度見てみようと思っています。
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category:映画
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リフォームの現場 鉄骨で補強
鉄骨補強1 鉄骨補強2

今日は午前中、リフォームの現場へ。
先週で、リフォーム部分の解体はすっかり終わり、一部基礎の補強をして、床下全面に防湿の為のコンクリートが打たれていました。

リビングルームを広い空間にするために、柱を何本か抜くようになるのですが、その為に梁を鉄骨で補強するようにしています。
その鉄骨が昨日から現場に入ってきて、取り付け工事をしています。
鉄骨にちょっとした工夫をしてみました。柱に取り付くところに、柱巾のプレートのツメをつけて、柱に溝を切り込んで、挟むようにしています。
これで、力を鉄骨に伝えやすくしているのですが、これがあるために現場では取り付けに苦労しているようです。
取り付ける鉄骨も、既存の柱梁も必ずしも均一ではない為、何度か鉄骨を当てては、取り付けの切込みを調整しながら施工しています。
しかし、苦労をかけているだけのことはあって、鉄骨を取り付けたところはとてもにしっかりしています。
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category:建築現場
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鶴川から目黒
可喜庵


昨日は一日色々なところへ。

まず、午前中は小田急線の鶴川へ。ここの鈴木工務店という会社が社内でギャラリーを運営していて、良い企画があれば貸してくれると聞き、話を伺いに。建物は社有地の中に建っている、古い茅葺の民家を改装したもので、なかなか風情があります。応対してくれた社長さんは、地域に根ざした活動と、仕事だけでなく地域の文化のためにも積極的に行動していて、そのためにギャラリーを開放しているそうです。我々は昔、日本の古い集落の調査(デザインサーヴェイ)を長い間行っていて、そのときの図面、資料を展示したいと言う企画があります。日本の古い集落の美しさと魅力を多くの人、とりわけ若い人、子供たちにも感じてもらいたい、今の日本の町並みが少しでも良くなればという思いもあります。鈴木社長は、我々の企画に、快く賛同してくれ、協力してくれることになりました。実際の展示は8月になりそうです。

目黒1

午後からは目黒へ、古川泰司さんの設計した住宅のオープンハウスへ。狭い敷地を有効にしたプランで、地下に音楽室もあります。内部は、木と漆喰を使って、すがすがしい雰囲気に仕上がっています。僕は、太陽熱を利用したソーラーシステムに興味があって、詳しく見せてもらいました。

目黒2

その後、時間があったので、目黒まで来たついでに庭園美術館で行われている、「建築の記憶」展を見に行きました。
明治から現代に至る日本の建築が写真で展示されていて、これが思ったよりも面白い展覧会でした。
東京の建物は、関東大震災と空襲の為に破壊されて残っていないものも多いので、貴重な写真も数多くあります。
僕は、石元泰博の撮影した桂離宮と、伊勢神宮が気に入りました。特に伊勢は普段我々が見ることの出来ない内宮本陣を真近かから見るアングルで、ディテールまではっきり見えるもので、とても興味深いものです。

美術館を出ると、外はすでにすっかり暗くなっていて、見上げると、冬枯れした木々の枝越しに見える月がきれいでした。
月
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category:建築
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サヤ管ヘッダー方式
サヤ管


先日、リフォームの現場へ行くと、設備配管の施工図が出てきていました。

良く見ると、僕の設計が、サヤ管ヘッダー方式を取っているのに対して、施工図では分岐方式になっています。理由を聞くとVE提案ですと言う。VE提案と言うのは、予算が合わないときの減額案で、もう予算が決まって、現場に入っているのだから、単に設備業者が利益を上げたいだけの話。それは認められないと却下。

そこで、住宅の給水、給湯設備のサヤ管ヘッダー方式について、少し説明します。

住宅の給水配管は、かっては塩ビ配管を使うことが多かったのですが、今では、架橋ポリエチレン管を、使った、「サヤ管ヘッダー方式」が一般的になりつつあります。
これは、ヘッダーと言う部分で、水、又はお湯を分配して、各室の水栓、設備機器まで配管する方式です。そのときに、架橋ポリエチレンの配管はそのままではなくて、一回り大きな、サヤ管と呼ばれる管の中に納められています。
この方式のメリットは、
① ヘッダーから、キッチンとか洗面室、浴室の水栓まで、一対一で途中で分岐せずに、又、サヤ管の中に入っているので、将来、管が老朽化したり、破損したときに、引き抜いて、入れ替えることが出来ること。
② 配管が、分岐せずに、曲がりの部分も、ゆっくりと曲がっているので、水の抵抗が少なく、水圧が落ちにくい。
③ 架橋ポリエチレン自体が、丈夫な上に、塩ビ管ほど硬くないので、地震などで、大きく揺れたときでも破損しにくい。
④ 基礎コンクリートの貫通部分とか、土間コンクリートの下になるところなど、故障があったときに修理の難しいところでも、管の取替えが出来る。

ヘッダーの部分を水回りの近く、洗面室の床下辺りに納めて、点検しやすくして置きます。そこから、格水回りまで何本も配管が出てゆくので、分岐方式に比べて、使用する配管の量は多くなり、材料代がどうしても高くなるのですが、配管の手間が少なくてすむこともあり、最近ではコスト的にも使いやすくなってきています。
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花神
花神


去年の暮れから読んでいた、司馬遼太郎の「花神」を、この間読み終わりました。

幕末に、長州の村医から、蘭学に堪能だった為に軍事を知り、長州軍を率い、後には官軍の総司令官にまでなり、明治政府の軍政の元を作ったといわれる、大村益次郎(村田蔵六)の物語です。
上中下と三巻のかなりの長編ですが、いつもながら、司馬遼太郎の本は面白いので読み始めると止まらない。
日本の幕末というのは、つくづく不思議な時代ですね。奇跡としか言いようのない、いくつもの偶然と、国を挙げての熱狂が(武士階級の話ではありますが)、磐石だと思われていた、徳川幕府の体制を崩して、新しい体制を作り、欧米列強の植民地にもならなかった訳ですから。

司馬遼太郎は、村田蔵六を徹底した合理主義的な技術者として描いています。
僕が面白かったのは、まだ無名の村医だった頃、宇和島藩主、伊達宗城に招聘されて、宇和島へ行くくだり。一介の村医に、宗城は直接会って、蒸気船の建造を命じる。
宗城という人もすごい。浦賀でペリーの黒船を見て、驚くだけでなく、自藩で作ってしまおうとする発想と、先進性は賢候と言われた人だけのことはあります。
蒸気船など見たこともない、蔵六に協力者として選ばれたのが、城下の長屋に住む、嘉蔵と言う提灯貼りの職人。長屋の熊さん八さんのような職人と百姓身分の村医がオランダの技術書を見ながら、見よう見まねで、3年後には小さいながらも、蒸気機関を持つ船を作り上げて、試運転にも成功させてしまう。

日本が列強の植民地にならなかった理由は色々考えられますが、ひとつは、このように江戸時代、国民の広い範囲に技術と創意工夫に対する関心が強かったことにあるのではないかと思います。それも、徳川幕府よりも、地方の小さな藩にその傾向が強くあった。
明治以降、日本が急速に技術発展してゆく素地もここにあるような気がします。

今の日本では、若者の技術離れと言うことが言われていますが、技術を軽く見てはいけないと、この本を読んでつくづく思いました。
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梅一輪ほどの
梅


今日は、久しぶりに穏やかな、気持ちの良い休日です。

我が家の梅ノ木も、少しずつつぼみが膨らみ、ちらほらと花を付けています。

「梅一輪、一輪ほどの暖かさ」と言いますが、明日は又、雪になりそうな天気予報です。
今年ほど、春が待ち遠しい冬も近年珍しいですね。
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「大井町に家」の一年点検
大井町一年点検


今日は、去年竣工した、大井町の家の一年点検へ行きました。

東京の街はしばらく見ないとすぐに変わってしまう。去年は空き地だったお隣に三階建てのマンションが立っている。ある程度予想はしていたけれど、結構目いっぱいに建っているので、少なからず影響がありそう。

久しぶりにお会いした、Mさんは、家族が一人増えていました。赤ちゃんは、まだ3ヶ月と言うことですが、とても可愛い女の子。これで四姉妹、ちょっと大変そうだけれど、女の子ばかり4人と言うのも華やかな感じでいいですね。
奥さんから伺った、貴重な水中出産の話は、とても興味深いものでした。

僕が一番うれしかったのは、この家に作った音楽室をピアニストの奥さんが、とても気に入ってくれていること。ピアノの響きがとてもよく、コンサートの時など、練習しているときと、コンサートホールの響き方にあまり違いがないと言うことでした。
防音については、かなり厳重に設計したつもりでも、音響については手探りの部分もあり、喜んでもらえるとやはりうれしいですね。

何点かの手直し工事と、新たに追加したい工事を工務店の監督と確認して、後日工事の日にちを連絡することにして、一年点検は終わりました。
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解体工事
解体工事


今日も朝から、リフォームの現場へ。

リフォーム部分の内部解体がほぼ終わったので、構造補強が設計どおりで良いかどうかの確認をしました。
スケルトン状態にして、間取りを大幅に変更するので、壁や柱をはずしたり、追加したりと、補強をどうするかが大事になって来ます。
設計中も、小屋裏を覗いて、見えない部分は想像しながら、構造の設計もしてあるのですが、こうしてスケルトン状態になると良くわかります。
大体設計通りで行けそうなのですが、やはり、追加の補強が必要なところも出てきました。その辺を現場の監督さんと打ち合わせ。
20年前の建物ですが、中々しっかりした工事をしています。接続部の金物など、現在の基準で言うと、もう少し足さないといけないところはありますが、今まで僕が経験したリフォームの中では、一番良い部類に入りそうです。
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障子 右前左前 ?
障子1障子2


先日一年点検に伺った家、そしてその前の週に伺った小金井の家でも気がついたことですが、障子の閉め方がおかしい。

我々は、昔から障子は右前と習ってきました。現場で、経師屋さんもそのように作っています。引き違いの障子の時に、手前の障子が右側に、奥の障子が左側に来ると言うことです。
ところが、久しぶりに伺った2件の家では、どちらも障子が左前になっていました。実は僕の家でも障子が左前になっています。
その訳は、アルミサッシにあります。アルミサッシも右前に出来ています。そこで、サッシを開けようとすると、クレッセント(サッシの半月型の鍵)が左側にあるので、障子の左側を右に寄せることになります。その後で、障子を閉めようとすると、奥の障子は手をかけるところがないので、つい手前の障子を左に閉めるようになって、左前の状態になるわけです。右前にするには、手前の障子を少し左に寄せて、奥の障子を後ろの方から押し出して、手前の障子を元に戻して、それから奥の障子を左に閉めるという、3つほど余分な手順を踏まなくてはいけなくなります。そこで自然左前になってしまうわけですね。

右前に作ってある障子を左前に閉めるとおかしいのは、手掛けが写真のように真ん中で重なってしまうことです。
僕はいっそ始めから、左前を前提に手掛を付ければいいのではないかと思うのですが、本当にそれでいいのか、ちょっと自信が持てない。
結構悩んでいます。
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「野」と「化粧」
川口先生の話の続きです。

日本建築の表現に「野」と「化粧」と言う概念があります。「野」とは見えないもの、隠れているもの、「化粧」とは、見せるもの、見せかけのものという意味があり、たとえば、野垂木、野地板、野縁、化粧垂木、化粧柱、などというように使います。

仏教建築であるお寺や五重塔の大きく張り出した軒を例に取ると、中国から伝わってきた初期には、目に見える垂木が、この軒を支えていました。
ところが、建築が次第に和様化して来るにしたがって、見えない部分の野垂木、桔木(はねぎ)が屋根を支えて、見上げたときに見える垂木は、力を受け持っていない化粧垂木になって行きます。
このときの垂木は、化粧なので、見かけを美しくする為に、細く見せることが可能になるわけです。しかし、昔の工匠たちは不自然なほど細くはしない、見るものをだませる範囲で、化粧をしてゆく、つまり「虚」と「実」の境目を自由に横断しながらデザインをしていったと言えます。

西洋では、構造と形態を一致させることにより、デザインを洗練化してゆくのに対し、日本文化のソフィスティケーションとはそのように「虚」と「実」を自在に扱うところから出来上がっているともいえます。

近松門左衛門の言葉に
「芸と言うものは実と虚の皮膜(ひにく)の間にあるものなり」と言うことがあるそうです。

このような話を聞くと、文化と言うもの深淵を覗き込んでいるようで、僕は頭がくらくらしてきます。
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見沼雪景色
雪


毎週火曜日は上尾の現場の定例会議と言うことに決まり、今日も朝から出かけました。

車で走ってゆくと、途中で、見沼用水と言う、農業用水路を渡ります。その近くまで来ると、急に周囲に靄がたちこめはじめました。川の両側は、まだ雪がだいぶ残っていて、木立が、靄にかすんで、中々幻想的な景色。思わず車を止めて、写真を撮ってしまいました。
おかげで、現場には少々遅刻。
東京はすっかり雪のかけらもなくなりましたが、近いとは行っても、埼玉の方が結構気温は低いようで、雪の残っているところがまだまだあります。

見沼用水(見沼代用水)と言うのは、江戸時代初期に農業用の灌漑施設として作られたと言いますから、ずいぶん古い歴史があります。

僕の事務所は新宿ですが、住まいは、さいたま市の見沼区と言うところにあります。
旧大宮市が浦和、与野と合併して、政令指定都市になったときに、区割りがされ、見沼区と言う名称が出来たのですが、最初この名前に反対する人が多かったようです。名前が田舎っぽいと言うことらしいのですが、僕は結構この名称が気に入っています。
緑区とか栄区などと言う名前は、どこにでもありそうだし、第一、なんとなくきれいな言葉にしておけばと無難、言う精神が気に入らない。
見沼区、他にはありそうにないし、歴史があっていいではないですか。
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日本文化の虚と実
kawa1.jpg


先日行われた川口研究会の川口衛先生の話についてです。

まず、ブルーノタウトの話から。
タウトが日本に滞在中、伊勢神宮や桂離宮を高く評価していたことは、有名な話ですが、特に伊勢神宮は、世界でも最高の建築であると言っています。
伊勢神宮では「日本の建築は、装飾がなく、構造が直接表現されてる」とタウトは言っています。
確かにそのように見えるのですが、川口先生は、タウトは日本文化の表面しか理解していない、実はその奥に一筋縄では行かない、日本文化の複雑性があると言います。

伊勢神宮は周囲に12本の柱を持ち、そのうちの二本は、よく知られているように、棟持柱と言われ、ひときわ立派で、棟の位置まで延びています。
タウトは、これを見て、柱が屋根を支える様が素直に表現されて、合理的な建築だと思ったわけですが、実はこれらの柱は棟持柱も含めて全て構造を受け持っていないのです。
周りの板壁が屋根を支える構造になっていて、その証拠に、柱と桁、棟の間には隙間が開いています。
神社において、柱は神聖なものと考えられていて、屋根を支えると言うような実利的なことには使えないというわけです。

同じような例が、五重塔にも見られると言う話もあります。
五重塔には、これも誰でも知っていることですが、中心に芯柱と言う、巨大な柱があります。この柱によって、五重塔は支えられている、中には免震装置になっていると言う人もいますが、これらは全くの間違いだそうです。五重塔は周囲の各階の柱によって支えられていて、芯柱は全く構造を支えていない。この場合も、芯柱は仏舎利(仏様の骨)の位置を示すと言う神聖な役割があるために、構造を持たせるわけには行かないというわけです。

このように、日本の建築には実際の構造と、目に見えるものが必ずしも一致しない、言い換えると「実」と「虚」の間を自在に行き来する、一元論では捕らえきれない、複雑性があると言うことになります。

まだ続きの話があるのですが、長くなるので、次回に。
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リフォームの家の一年点検
yoko


今日は、一年前に竣工した、千葉県野田市のお宅へ、一年点検に行きました。

築20年ほど経った家を、耐震改修して、内外装、設備も一新する改築工事をしたので、一年経て、経過がどうだったか、色々とお話を聞くのも楽しみにしていました。

久しぶりに会う、ご夫婦は元気そうで、まずは色々とお話をうかがってから、各部屋を点検。
幸い、ほとんど問題になるようなところもなく、一部天井にクラックの入っているところを、補修するぐらいでした。
この家は、以前は強い風が吹くと、2階がぐらぐらゆれて、不安だと言われていたのですが、内側の壁をはがして、金物と、構造用合板で補強したのがかなり効果を出しているようで、そのようなことはまったくなくなって安心していますと言うお話でした。

サッシも断熱サッシに変え、断熱材も入れ替え、床暖房を入れたのですが、これもかなり快適なようです。
床暖房は、居間と廊下、寝室、洗面、浴室とかなり広い部分に入れているので、ランニングコストがどの位かかっているのかも心配だったところ。灯油のボイラーを使っているのですが、一月に130Lぐらいと言うことで、以前石油ストーブのときも、一月に18L缶を6本位使っていたので、少し増えたぐらいです、とのことでした。ただ、今年の灯油の値上がりは痛いところです。

その後、お昼ご飯をご馳走になりながら、工事中の思い出話などをして、帰りました。
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川口研究会と民謡酒場
民謡酒場


昨日の夜は、川口研究会へ行きました。

構造家の川口衛先生を囲んで、30人ぐらいで話を聞く会を、去年から2ヶ月に一度ぐらいの間隔で開いています。昨日で7回目。
毎回、テーマ別に先生の今までの作品を中心に話して頂いて、構造に対する考え方などを聞かせてもらっています。
これが、すごく面白くて、毎回興味深い話を聞けるので、僕は楽しみにしています。

昨日は、前回に続いて「木の構造」と言うテーマの二回目で、最初に、磯崎新さんと共同した建物をいくつか説明してもらう。
その後日本と西洋の木に対する考え方の比較、日本の古代からの木の構造に日本独特の文化があることなど、興味深い話が色々出てきたのですが、話が長くなるので、それはこの次にします。

今年初めての会なので、新年会と言うことで、セミナーの後に、浅草の民謡酒場「追分」へ行きました。ここは、川口先生がまだ学生のころから通っているというなじみの店。
僕は、民謡酒場など初めてなのですが、ここがすごく良かった。
みんなで鍋を囲んで歓談している合間に、民謡の舞台があります。お店の人たちが、歌ったり、津軽三味線の合奏をするのですが、中々迫力があります。5人並んで演奏する津軽三味線には、すっかり乗せられてしまいました。
先週は、松谷冬太君のソウルのライブに行きましたが、三味線のライブも中々、ソウルフルですね。
その後、川口先生が民謡を歌ったのですが、これが又プロ顔負けのシブイ歌でした。

鍋とお酒と民謡で、夜遅くまで盛り上がった夜でした。
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