ウオークラリー
土曜日は恒例の法政大学建築学科ウオークラリーに参加しました。

今回は「谷根千コース」と言うことで午後1時に東大農学部前に20名余りの学生達と一緒に集合。
農学部正門前

一緒に廻る網野先生が木造工法の専門家なので、テーマとしては、木造建築を見て回るということです。
農学部の構内には、「弥生講堂」「弥生講堂アネックス」と言う、面白い木造建築があります。特にアネックスは、木造でHPシェル構造という珍しい構造です。光の取り方もきれいで、僕も前から気に入っている建物です。
弥生講堂アネックス

木造シェルの話などを学生達に話しているところに偶然、この建物の構造設計をした、稲山先生が出てこられて、直接お話を聞くことが出来たのはラッキーでした。中にも入れていただいて、詳しく説明してもらいました。

その後、根津の坂を少し下ったところにある、木造3階建てのアパートへ。
巨大木造アパート

僕は始めてみたのですが、びっくりする建物でした。たぶん戦前からあったらしいのですが、何しろ巨大。玄関前から見るだけでも大きいのですが、裏に廻ってみると、L型に伸びているようで、たぶん2,000㎡を超えるぐらいの面積ではないかと思います。
木造のこんな巨大な建物を見るのは初めてです。

その後は、弥生坂を下って、不忍通りにある串揚げの「はん亭」へ。明治の終わりごろに立てられたという、木造3階建ての建物はなかなか凝った造りの建物です。
はん亭


それから谷中をぐるっと廻ったのですが、一番印象に残ったのは、Y字路の角に経っている、みかどパン。おばあさんが1人でやっている、小さな小さなパン屋さんですが、表に大きな木があって、とても都心とは思えない風情があります。
みかどパン

ちょっと中に入って、おばあさんに話を聞きました。ずい分大きな木ですね、ずいぶん古いんでしょうと聞くと、「古くはないよ、私が植木鉢に植えた木が根付いただけだよ」とそっけない返事。ほんの二三年前のような話しっぷりですが、たぶん50年以上は経っていそうな巨木です。建物はやはり明治期に建てられたもののようです。

短い時間で、「谷根千」の入口ぐらいしか見ることは出来ませんでしたが、僕らが知っている東京とは、違う時間が流れているようで、不思議な空間に迷い込んだようです。
今度は1人で、もっとゆっくり歩き回りたいと思いました。
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「母なる夜」-カート・ボネガット
母なる夜

カート・ボネガットの「母なる夜」を読みました。

ボネガットの作品には、お気に入りのものがいくつもありますが、これはまた、特別興味深い作品です。

主人公のハワード・キャンベルは、ナチのプロパガンダ放送の作者兼、アナウンサーでありながら、アメリカのスパイであるという役柄であり、物語の中で、複雑な性格を見せます。
戦後潜伏中の同じアパートに住む画家で実はソ連のスパイと言う人物、彼の亡くなった妻と瓜二つの妹、極右の白人至上主義者など、どの登場人物も一筋縄では行かない、性格を見せて魅力的です。

物語の冒頭に、人は見かけの中にその人の本質が出るものだから、どのような人物に見せるかを十分に考えなくてはいけない、と言うようなことが語られます。
ハワードは、見かけはナチのシンパでありながら、実は反ファシスト。でも本当はどうなんだろうと、自分でも解らなくなり、最後には自首して、イスラエルの刑務所に入ってしまいます。
人間について、深く洞察している作品なのに、文章は軽く洒脱、ユーモアと辛らつなアイロニーに満ちているので、決して深刻な印象を与えないのが、いつものボネガット流。

あるボネガットの作品の中で、登場人物がこう語るところがあります。「人間について知りたければ、カラマーゾフの兄弟を読め。そこには人間についての全てが語られている」
これに倣えば、人間について知りたければ「母なる夜」を読め、といえそうです。

「母なる夜」は現代の「カラマーゾフの兄弟」といえるのかもしれません。
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クローバーハウス-通気胴縁取り付け
昨日は午後からクローバーハウスの現場へ。

先週、耐震面材のダイライトが張り終わっていましたが、今週はその上に透湿防水シートを貼って、一部通気胴縁が取り付けられています。基礎の上に、アルミの水切りが付いて、その少し上に縦についている胴縁がそうです。この上にさらにモルタル下地の合板を貼るのですが、胴縁の厚みだけ空気層が出来て、そこを空気が昇って行き、通気が取れるという仕組みです。
透湿防水シートと通気胴縁

この通気層は、屋根の通気層とつながっているのですが、屋根面は太陽熱で熱くなり、空気が上に上る為に、このアルミ水切りの上のすき間から、屋根の棟に付ける換気棟に向かって空気の流れが出来ます。

一部、アルミサッシも取り付け始めていました。
アルミサッシの取り付け


内部では、基礎の断熱材が取り付けられて、1階の床を支える大引き、根太が取り付けられています。
基礎断熱


ユニットバスに絡むところだけ、壁の断熱材、ロックウールが取り付けられていました。ただ、取付け方に問題があり、ロックウールのビニールのツバの部分は間柱にかぶせてもらいたいので、やり直してもらうことにしました。
壁の断熱材取り付け
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ベスト・オブ・谷根千
ベスト・オブ・谷根千

「ベスト・オブ・谷根千」(谷根千工房編著-亜紀書房)と言う本を読んでいます。

谷根千については、ご存知の方も多いと思います。
上野公園の北側、不忍通りを挟んで、「根津」「千駄木」「谷中」という岡と谷からなる地域は、東京の下町の雰囲気を今も残しているところです。
そこに住む3人の女性達が「谷中・根津・千駄木」と言う地域雑誌を始めて発刊したのが、1984年のこと。
地域の人たちの話を丹念に聞き取って、毎号特集を組んだこの本は、ずい分評判になって、やがて谷根千と縮めて呼ばれるようになり、この地域を指す言葉としても使われるようになっています。
その雑誌が93号まで続いて、2007年に惜しまれながらも終了しました。
この本は、その93号の中から、編集者達が一番気に入ってるものを集めて、一冊の本にしたものです。

実は、僕は来週の土曜日に毎年行われている、法政大学建築学科の新入生と東京の街を歩く、「ウオークラリー」で、今年は谷根千を歩くことになっているのですが、参考になればと思って、この本を買ってみました。

町の人の話は、自然とおじいちゃん、おばあちゃんの話が多いのですが、さらにそのお年寄りの親の話まで遡るので、明治から現代に至るまで、実にさまざまな話しが出てきて、興味が付きません。学校の教科書には出てこない、谷根千と言う狭い地域の濃密な歴史と言う感じがします。
地図を見ながら、本を読んでいても、細かな露地の様子までは解らず、色々と想像しながら読んでいるのですが、ウオークラリーで歩くのが楽しみになりました。
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クローバーハウス-ダイライト張付け
昨日は、クローバーハウスの現場へ打合せに行きました。

現場は、先週からダイライトと言う、耐震面材を張っていて、ほぼ貼り終わっているところなので、その貼り方、釘の打ち方などを検査しました。

ダイライト
耐震面材と言うのは、地震や台風などの大きな力で、建物に掛かる横の力に対抗する部材です。一般的によく知られているのは、構造用合板というものですが、僕はこのダイライトと言うパネルをよく使っています。
構造用合板を全面に貼ってしまうと、壁の中で発生した水分の逃げ場がなくなってしまします。それに対して、ダイライトは水蒸気を透過する性質があるといわれています。そのために、この外側に壁の通気層を設けることで、壁体内に発生した水分を外に逃がして、内部結露を防ぐことが出来るわけです。
壁の中に入る、柱や梁は乾燥材を使っていますが、それでも木は生きていますから、季節によって、水分を排出したり、吸収したりを繰り返します。耐震面材に通気性のあるものを使うことによって、壁の呼吸を妨げないようにするわけですね。

内部の様子
外部がダイライトで囲われたので、内部も少しずつ部屋らしくなって来ました。

コロニアル葺き
先週、下地が出来上がっていた屋根は、コロニアルといわれる屋根材が葺き終わっていました。この日も現場に付いた頃から雨が降り始めていたのですが、これで安心と言うところです。
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奥州平泉
この土日で、奥州平泉へ行ってきました。

先月の山寺に続けて、ここのところ東北地方に興味が向かっています。
昔から、一度言ってみたいと思いながら、平泉へ行くのは初めてでした。
家を朝8時ごろに出て、2時半ごろに平泉へ。早速まずは中尊寺に行きました。小高い山の稜線の大きな杉の並木に沿って、十いくつかのお堂が点々と有り、その中ほどに本堂があります。

弁慶堂
月見坂と言う坂を上ってゆくと、八幡堂を過ぎて、弁慶堂が見えてきます。義経とともにこの平泉で没した弁慶を記念したお堂ですが、垂木の掛け方がとてもきれいな建物です。日本建築は、屋根の形が建物の印象を決めますが、古い建物ではその構造を支える垂木が、デザインの要素としても大事なことがよく解ります。

金色堂
中尊寺の中で一番有名な金色堂は、唯一12世紀のままの遺構ですが、1962年から68年にかけて解体修理がされて、今ではコンクリートの覆い堂の中に入っています。すぐ近くに古い木造の覆い堂も残されているのですが、木の瓦で葺かれた金色堂は、覆いがないと痛みやすいのでしょう。
全体が金箔で覆われているだけでなく、須弥檀の四本の柱全体に螺鈿細工が施されている様子は豪華なものです。ちょっとバロック建築を連想しますが、こちらの方がずっと古い。
この下に奥州藤原家、三代の遺体が納まっているそうです。

能舞台
さらに、その奥にある白山神社の並びには、立派な能舞台があります。江戸期に入って、中尊寺を保護した伊達公が作ったものといわれていますが、杉の巨木を背景に演ぜられる能を見てみたいと思いました。

中尊寺の後に、平泉駅近くにある毛越寺へ行きました。

毛越寺
広大な敷地の真ん中に大きな池がありますが、創建当時の建物は残っていません。柱の基礎石だけが当時の大伽藍を想像させます。芭蕉に習って、「つわものどもが夢のあと」と言う句が自然と口に上ってきます。

遣り水
発掘された平安時代の遣り水の跡が、当時の貴族達の優雅な遊びを連想させるようです。
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東京スカイツリー -築地本願寺
昨日は夕方に、根岸で用事があり、その後日比谷線に乗る為に上野まで歩いてみました。

言問い通りを歩いて、緩いカーブを曲がると、正面に工事中の東京スカイツリーが見えました。
東京スカイツリー

こんなところで見るとは思わなかったので、ちょっとびっくり。考えてみれば、言問い通りを真っ直ぐ行けば言問橋、その向こうに東京スカイツリーが見えるのは、何の不思議もないのですが、意外とそういう地理関係が頭に入っていないものですね。
ちょっと、平成の三丁目の夕日といった風情でした。

上野から、築地本願寺の中にあるホールで、友人の息子さんが出演する、演劇を見るために、日比谷線で築地へ。

本願寺の建物は久しぶりに見ると、本当に面白い建物ですね。
築地本願寺

これは昭和2年に伊藤忠太が設計して完成したもの。伊藤忠他と言う人は、当時西洋一辺倒だった、建築の学術的世界の中で、アジアの建築に注目して、中国、インド、トルコと旅をして、建築の調査をしたといわれています。
この本願寺も、古代インドの様式を取り入れている。仏教は、インドから来ているわけだから、出自としては正しいわけだが、日本の仏教寺院は中国の建築を元に発展してきているので、たぶん出来た時には異様な感じがしたのではないでしょうか。
でも、時間が経つと当然その場所にあるべきものとして感じられるようになるのが不思議なものです。
本願寺翼廊

東京タワーにしても、これからのスカイツリーにしても、そのようにして、都市の風景になってゆくのですね。
今では、パリの象徴のようになっているエッフェル塔も、出来た時は都市の景観を壊すものとして、かなりの批判を受けたということですから。
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1Q84-Book3
1Q84-Book3


村上春樹、「1Q84-Book3」を読みました。

去年、BOOK1・2が出たときに、続きを暗示するような終わり方だったので、続編が出るのではないかと言われていたものです。
僕は、Book2の終り方でも良いのではと思っていたのですが、Book3を読み終わって見ると、確かにこのように終るのが自然だと納得させられます。

ストーリーは書くわけには行きませんが、前回まで「青豆」と「天吾」と言う二人の主人公が交互に語られていたのが、今回は、今まで脇役だった弁護士崩れの探偵「牛河」の三つの章が交互に語られる形になっています。
誰からも嫌われる「牛河」と言うキャラクターが、意外と人間味があって、思ったほど悪いやつに思えないところが面白い。
「青豆」にしても、「天吾」にしても、クレーバーでクール、出来すぎた人間という感じがあるのですが、それに対して「牛河」と言う対比が、話を広げている感じがします。

話しの筋立ては、基本的にハードボイルド小説ですから、話の展開を追いかて、読み始めると途中で止めるのが難しくなります。ちょっとチャンドラーを思い出しますね。

最後は、今までの村上作品に比べて解りやすい終わり方ですが、それでもリトルピープルとはなんだったのか、二人が新しく入り込んだのは、どんな世界なのか、読者に余韻を持たせる終わり方をしています。
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クローバーハウス-屋根の外断熱
土曜日は、クローバーハウスの現場で、お施主さん主催の懇親会がありました。

本来ならば上棟式というところですが、上棟の日が雨のために延期になり、それから日にちも経っているので、上棟式というよりも、現場の職人さんたちと、お施主さんの顔合わせも兼ねての懇親会を計画してもらったのです。

この日は、現場では、屋根の下地、アスファルトルーフィングを張るところまで工事は進んで、大工さんが構造金物を付け終わっているということで、その確認もあります。

この家では屋根だけ外断熱にしています。その理由は、壁の断熱に比べて屋根の断熱を隙間なくきちっと行うのが意外と難しいのですが、外断熱にすればその辺が比較的簡単に解決できるということにあります。
もうひとつは、この家では2階の天井を張らずに、垂木、野地板をそのまま見せるようにしているのですが、外断熱ならばそれが可能になるということもあります。

先週現場に来た時には、その断熱材が野地板の上に並べて貼り付けられて、さらにその上に通気のスペースを確保する為の、通気垂木と言うものが取り付けられていました。
屋根断熱材と通気垂木

今回はさらにその上に、もう一度野地板を張って、アスファルトルーフィングと言う、防水シートが貼られています。これで来週から屋根本体の工事に入るようになります。
アスファルトルーフィングの施工状態

軒先の破風板は二段にしているのですが、その間から空気を取り込み、先ほどの通気垂木の間を通って、棟に気流が流れることで、屋根面の通気を図っているわけです。
二重の破風板

柱や梁には、図面で指定してあるとおりに、構造金物が付いているかどうかをチェックします。何ヶ所か、大工さんの勘違いで、間違った金物が付いているところがあり、その場で付け直してもらいました。
ホールダウン金物とスジカイ金物

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五月の庭
五月に入って、暖かなお天気が続いているので、我が家の庭にも、色々な花が咲いています。

三年ほど前に道路側のフェンス沿いに植えた、シャガが今年はようやく花をいっぱいに付けるようになりました。
シャガ

やはり同じ頃にお隣の畑に面して植えた、モッコウバラも今年はずいぶん多くの花を付けています。
モッコウバラ

その隣にはツキヌキニントウが、
ツキヌキニントウ

さらに隣には、カロライナジャスミンが。これらはみんな同じ時期に植えたものですが、今年はいっせいに花を付けるようになりました。
カロライナジャスミン

これは、昔からあるコデマリ。
コデマリ

雑草かもしれないけれど、タンポポもきれいです。
タンポポ

そして、連休を利用して、花壇に、近所の花屋さんで買ってきた花を色々植えてみました。
ここは我が家のペットセマタリーで、代々の犬や猫たちが眠っています。
花壇
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多摩湖
連休中は、どこへも行かず、家でのんびりしていました。

ただ、2日の日だけ、5年ほど前に、多摩湖に面した所に設計したお宅から連絡があり、久しぶりにドライブを兼ねて伺ってきました。
お孫さんが生まれて、階段が危険なので、柵を取り付けたいという相談でした。
設計中に息子さんは、確か大学に入ったばかりだったはず、もう結婚して子供が生まれるとは、月日のたつのは早いものです。
多摩湖の家

久しぶりに訪ねた家は、季節も良いので、庭一面に新緑がまぶしいほどです。大きな楓の木を囲むようにL型に建物を配置したのですが、その楓が、大きな緑の塊になっています。

階段に柵をつけるだけなので、打ち合わせはすぐに終りましたが、これだけのことでも、最初のデザインを尊重して、相談してくれるのは嬉しいことです。

設計中は、すぐ前にある多摩湖(村山貯水池とも言う)の土手兼遊歩道がずうっと工事中だったのですが、今では完成して、通ることができるというので、車を預けて、しばらく散歩してみました。
多摩湖遊歩道

巾のある遊歩道で、遠くに西部園遊園地のジェットコースターや観覧車が見えます。左側に湖、右側に公園が続いて、お天気も良いのでお弁当を広げてくつろいでいる人も結構います。
遊歩道から見る公園

クラシックな感じの古い取水塔の建物の、はるか向こうに、銀色に輝く、西武球場のドームが見えて、ちょっとシュールな景色です。
取水塔と西部球状ドーム

東京とは思えない風景で、休みの日は遠くへ行かなくても、ちょっとした旅行気分が味わえそうです。
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「水死」-大江健三郎
水死-大江健三郎


大江健三郎の新刊小説、「水死」を読みました。

僕は大江健三郎の熱心な読者ではありませんが、それでも若い頃から、いくつかの作品を読んできました。
20代の頃には、作品から刺激を受けたり、読んだ後に精神の高揚を感じることもあったのですが、ここ10年ぐらいは、どうもその小説の中に入ってゆくのが難しいと感じていました。
その原因は、たぶん極端な私小説の手法、毎回、大江健三郎自身を思わせる主人公とその家族、そしてなんとなく誰なのか想像できる登場人物たち、と言う構成に、読者として感情移入が難しいということにあるのではないかと思います。(少なくとも僕にとっては)

今回もその構成は変わっていないのですが、読み終わって久しぶりに、大江健三郎の作品を堪能できたような気がしました。
大江健三郎はこれを最後の小説作品と考えているようです。その中で、書いておきたいことを全て、この作品で語りつくす仕事をしたのではないかと思います。

中心のテーマは、終戦直前に不可思議な成り行きで、大水の川で水死した父親をめぐるものですが、彼と障害を持つ息子との関係も語られることによって、二世代にわたる父と男の子の関係が語られます。それに対して、母親と妹、彼の作品を演劇として演ずるウナイコなどの女性陣の、又別な思考と行動があります。
その対立の中で、故郷の四国の森の歴史と神話が軸となって物語は、さまざまな問題を含みながら展開して行きます。

大江健三郎の小説の中では、いつもこの故郷の森の神話が、大きな働きをしています。
NHKのインタヴューで、彼の故郷では、人は死ぬと森に帰ってゆき、次に生まれ変わるまで一本の木に戻るといわれているそうです。
その番組で、森の大きな木に手を掛けて、「これが僕の木なのです」、と言っている、大江健三郎の姿が印象的でした。
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