建物緑化
先日、調べることがあって、台東区役所へ行ってきました。

台東区は上野から、浅草を含む、いわゆる下町で、緑が少ないというイメージがあります。
その為か、区役所では緑を増やすことに熱心なように見えました。

壁面緑化
区役所の周りの壁に、色々な植物と方法を使って、壁面緑化の実験をしていました。
建物を緑化することで、その建物の断熱、遮熱を良くしたり、建物の保護になったりするだけでなく、ヒートアイランド現象の緩和、空気の浄化など、環境にも良い面がたくさんあります。

つる植物による壁面緑化

屋上の緑化は、だいぶシステムも整ってきて、実績も増えているので、やりやすくなっていますが、壁面緑化は、まだまだメンテナンスに難しい所があり、僕が設計するような住宅のレベルでは、難しそうです。
ただ、昔から行われているように、夏の間、朝顔や,
へちまなどを、壁に建てかけたネットなどに這わせるのは、見た目にも涼しそうで良いかもしれません。

実は今設計中の住宅でも屋上緑化をするつもりなので、台東区での補助金などを調べてみました。区の窓口で聞いてみると、およそ工事費の2/3ほどの補助金が付くようです。
これはとても助かります。今回も、効果を考えれば当然、屋上全体を緑化したいのですが、予算によっては難しいかな、と思っていました。
施主の負担が、1/3で済むのならば、設計サイドとしても、話を薦めやすくなります。

補助金といえば、今回もうひとつ調べてわかったのは、台東区では45歳以下の人が家を新築する時に、条件はありますが補助金が出るようです。これは、地域の少子化を食い止める為のものと思いますが、探して見ると、自治体によって色々な補助があるものですね。
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「建築はどこにあるの?」展
昨日は、昼休みを利用して、竹橋の国立近代美術館で開催中の「建築はどこにあるの?」と言う展覧会を見て来ました。

7人の建築家によるインスタレーションです。
建築と言う形をとる以前の、建築家の持っている原初的なイメージを、さまざまな方法で表現する展覧会といえると思います。
普通建築が持っている、コスト、敷地条件、クライアントの要望、法的制限、構造的制限、施工の制限などなどを、全て取り払った時の純粋なイメージってどんなものだろう、と言うところでしょうか。

アトリエワン
美術館前の庭には、アトリエワンによる、竹で作った東屋風のものが、最初は良くわからなかったのですが、像やキリン、カバなどの動物の形をしていて、子供が喜びそう。

中村竜治
入口を入ってすぐの所に、中村竜治の「とうもろこし畑」紙のコヨリで作った小さな正四面体を無数につないで、長編16mの60度三角定規の平面をしています。
見る角度によって、色々な透け方をして、光の当たり方によっても見え方が変わります。
かなり大きいのに、軽く存在感の薄い、不思議な構築物です。

内藤廣
内藤廣は、真っ暗な部屋の中に天井からのレーザー光線で、床に縞模様が画かれているシンプルなもの。建築現場の大工さんが使っている、レザー墨出し器から発想したという事。
確かにそういえば、僕もよく現場で見ています。
入口で、絹のスカーフのようなものを渡されます。それを振り回したり、放り投げたりすると、軽い布の形の変化に合わせてさまざまなラインが引かれてゆきます。
これがすごく面白くて、会場が空いていることもあり、僕はしばらくこれで遊んでいました。写真は、床に落ちて丸まった、布の形。

伊藤豊雄
伊藤豊雄は、白い、台形と三角形の組み合わせで、展示空間を作り、そこに最近のプロジェクトの構成パターンを並べていました。面白いのは、展示にカガミを巧みに組み合わせて、万華鏡のように見える所です。

この展覧会は、写真撮影が自由で、ネットで写真の投稿も出来るということです。
僕も、かなり夢中になって写真を撮りましたが、写真を撮ることで、親しみが持て、自分も参加しているような気分になれます。
建築の専門家でなくても、家族連れで楽しめる展覧会なので、ぜひお薦めです。
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暗がりのあかり
暗がりの明かり―チェコ写真の現在展


先日、大阪から友人が来た折に、銀座へ出たので、資生堂ギャラリーで開催中の「暗がりの明かり―チェコ写真の現在展」を見て来ました。

現在のチェコを代表する写真家10名の作品を展示しています。
写真を自己表現の手段と考えると、当然10人の写真が表現しているものは違うわけですが、どこか共通する雰囲気があるようにも感じられます。
それは、カメラと言う目を通して、物事の本質を、直接覗き込んでいるような感覚でしょうか。
「暗がりの明かり」、又は「明るさの暗がり」と言うほうがぴったり来るような。

双子の子供ばかりを並べている作家がいました。当然そっくり同じ顔が2つ並んでいるのですが、これまた当然のこととして、写真を撮られる時には、同じ表情はしていないわけです。一人が笑っている時に、1人が泣いていることもあります。これが写真で見ると、一人の人間の、2つの異なった面を見ているように見えます。

10人の写真家の、さまざまな写真を通しての表現方法が楽しめる展覧会でした。
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小さな発見
先日、上野の国立西洋美術館で、2階の常設展示の中にある、ブリューゲルの小さな絵を見ているとき、あれ!これはなんだ、と思うことがありました。

田舎の冬景色を描いた絵で、父親のブリューゲルが画いて、子供のブリューゲルが写したものがここにあると説明があります。さらに次男のブリューゲルも画家だったというから、ややっこしい。

雪の積もった田舎の村を、少し鳥瞰で画いていて、村の中心の通りで、大勢の村人達がスケートを楽しんでいます。
あれ!と思ったのは、絵に近づいて詳しく見ているときに、氷の上に丸いものが何ヶ所かにあって、何人かの人たちがその周りに集まっています。丸いというよりも、ゴーダチーズのような形で、上に取っ手が付いています。
これって、カーリングのストーンじゃないか!
よく見ても、現代のカーリングのストーンそのままです。
オランダか、ベルギーあたりで、400年も前からカーリングをやってたんですね。

絵を見に行って、絵そのものとは関係ないところで、小さな発見があって、ちょっと得した気分になりました。
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カポディモンテ美術館展
パルミジャニーノの「貴婦人の肖像」

土曜日は、新しく始まった住宅の打ち合わせに根岸まで行き、帰りに上野の西洋美術館に寄って、カポディモンテ美術館展を見ました。

カポディモンテは、ファルネーゼ家が収集したルネッサンス及びバロックの作品と、そのあとを継いだ、ブルボン家の収集品を集めた美術館だそうです。
お目当ては、ポスターにもなっている、パルミジャニーノの「貴婦人の肖像」。これは本当に美しい絵です。思ったよりも大きな絵で、じっとこちらを見つめる貴婦人の目と、体をわずかに捻った優雅なポーズが見るものを捕らえて魅了します。

そのほかにも素晴らしい絵がいくつもあるのですが、僕には、エル・グレコの小さな絵が印象的でした。炭火からロウソクに火を移そうとして、そっと口から息を吹いている少年の顔が炭の明かりで、暗闇に浮かび上がっている絵です。よく知られているような人体がデフォルメされているグレコの絵とは違いますが、これは確かにグレコの筆だと思わせる絵です。

土曜日なのに会場は、思ったよりも空いていて、ゆったりと良い時間を過すことが出来ました。僕は、やはり、ルネッサンスからバロックにかけての絵が好きなのだと自分で思いました。

西洋美術館は、コルビュジェの設計した本館と、弟子の前川国男が増築した新館との間に中庭が設けられています。ここに面したレストランが、落ち着いた雰囲気でなかなか良いところです。ここで、中庭を眺めながら一休みした後、まだ時間があったので、常設展のほうにも行きました。
ここの常設展は、何度も来ているのですが、ルネッサンスから現代に至る良い作品が揃っていて、見ごたえがあります。
この日はあまり時間が残っていなかったので、ルネッサンスを中心に見たのですが、常設展だけだと、ずい分安い値段で入れるので、一度常設展だけゆっくり見に来るのも良いのでは、と思いました。

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人生に乾杯
人生に乾杯

連休前なので、映画の話題。
といっても、相変わらずDVDで見ているので、古い情報ですが、去年上映されたハンガリー映画、「人生に乾杯」を見ました。

主人公は、かってソ連時代に共産党幹部の運転手だった男。80歳になり、70歳の妻と年金暮らしをしているが、年金は少なく、アパートの家賃も滞納して、追い出されそうになっています。
そんな暮らしで、夫婦の間でも小さないざこざが絶えない。

ある日、彼は退職祝いに貰って、大事にしていた車に乗って銀行へ。グローブボックスには、なぜか誰かの忘れた拳銃、トカレフが入っている。そして彼は銀行強盗に。
警察に追われながら、妻と二人で銀行強盗を続けてゆく羽目になってしまいます。

「俺達に明日はない」のパロディーで、50年遅れてきたボニー・アンド・クライドなのだけれど、これがすごく良く出来ていて、久しぶりに充実した満足感を味わった映画です。
腰痛の夫と、糖尿病の妻のコンビは、すごく笑わせるのだけれど、ハンガリーの社会に対する風刺も十分に効いています。心温まるエピソードも満載。

そして、最初のシーンと、最後のシーンがすごくしゃれているのだけれど、それは見てからのお楽しみ。
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街道をゆく(34)
街道をゆく


司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズ34、大徳寺散歩、中津・宇佐のみちを読みました。

先日、敦賀へ行き、その後京都に行くために、新幹線の中で読むつもりで買ったものです。

京における、臨済宗の大本山には、建仁寺、南禅寺、東福寺、天竜寺、妙心寺、そして大徳寺と有り、それぞれに特徴があるようですが、大徳寺は、大燈国師以来きびしい禅風で世俗から超越しており、かろうじて茶道を通じて、世俗とかかわっていたので、「大徳寺の茶づら」言われているらしい。
確かに、利休との因縁が深く、又、利休の弟子だった細川三斎の高桐院、古掘遠州の孤篷庵忘筌など、名だたる茶室が数多くあります。

行きの新幹線で、半分読んで、帰りに残りの半分を読んだのですが、特に帰りは、数時間前に目にしたものを、文章で読んでいるので、光景がありありと目に浮かんできます。
僕は、旅行に行くときに、良くこの街道をゆくシリーズから選んで一冊持ってゆくことがあるのですが、旅行にはぴったりの本だと思います。

この本は、半分が大徳寺で、残りの半分は大分の中津・宇佐を書いているのですが、次には中津に行って見たくなりました。
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クローバーハウス―漆喰塗り
土曜日は、お施主さんと一緒に、クローバーハウスの現場へ。

現場は大工工事が終って、内装工事に入るので、内装材料の色などを相談しました。

現場には左官屋さんが入って、漆喰の下塗りをしています。最近は、昔のように厚く塗らないで、石膏ボードの上に2~3mmの下塗りをして、最後に上塗りを1mmほど掛けるようになっています。上塗りは、傷を付けると補修が難しいので、この後しばらくおいて、最後に仕上げるようになります。

階段漆喰塗り
先週、下地の出来ていた、階段の上の壁を丁度職人さんが二人で塗っています。

2階漆喰塗り
2階は、ほとんど漆喰下地が終って、だいぶ感じが出てきました。このまま、仕上げをしないで、下地のままでも、ラフな感じで良いかもしれないなどと、ちょっと思いました。
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大徳寺―高桐院
昨日の続きで、大徳寺の高桐院へ行きました。

ここは、細川忠興(三斎)が創建した塔頭で、忠興とガラシャのお墓があることでも有名です。
忠興は武将として優れていただけでなく、茶人としても有名で、利休七哲の1人に数えられています。利休とは特に親しく、利休が秀吉の怒りを買って、切腹を申しつけられたときも、何とか秀吉にとりなしを頼んだことは有名です。
そのため、利休は死後、愛蔵していた灯篭を忠興に贈り、それが忠興とガラシャの墓石となっていて、今でも見ることが出来ます。

高桐院露地
まず門くぐると、玄関までの長い露地が美しい。

高桐院庭

庭も紅葉を主体とした優しい感じの庭です。紅葉の季節は素晴らしいのでしょうが、観光客の少ない今のほうが、ゆっくり観賞するのには良いようです。何人か見学の人たちが、縁側に座ってのんびり時間をかけて庭を観賞しているのが印象的でした。

松向軒

三斎の作った二畳台目の茶室、松向軒も端正できれいな茶室でした。
お茶室はなかなか見せてもらえない所が多いのですが、ここは亭主口の方が開放されていて、自由に中を覗けるようになっています。
我々のような建築好きには、とても有難い。写真撮影禁止とも書いていなかったので、写真を撮らせてもらいました。
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京都―大徳寺
日曜日に、敦賀の帰り、京都に寄りました。
大阪の友人と待ち合わせて、1日京都で遊びました。気の会う友人との小旅行も良いものです。

まず行ったのは、大徳寺。若い頃に一度行ってから、京都に行くたびにもう一度行こうと思いながら、なかなか行けませんでした。
大徳寺はちょっと遠いのと、大きな寺院ですから、少しまとまった時間をとっておかないとゆっくり見られないので、ついつい行きそびれていましたものです。

大徳寺三門
総門をくぐって、最初のお目当ては三門。これは、千利休が作ったもので、この上に自身の木造を置いたことで、秀吉の怒りを買って、切腹させられたという曰くのあるものです。
全体にしっとりした色の建物が多い大徳寺の中で、この建物だけが朱色に塗られて、わび茶を完成した利休らしくない。建物も特に良いとも思えません。
司馬遼太郎が、この頃は利休も少しおかしかったのではないか、と行っているのにもうなずける気がします


大仙院
次に大仙院へ。大仙院へは昔来た時に、その庭の素晴らしさが印象に残っていたのですが、今回見ても、やはり素晴らしい庭でした。
本堂の建物の東にある枯山水の庭から始まって、北の庭、南の方丈前の庭へと、一続きに変化して行く構成が素晴らしい。


孤篷庵入口

孤篷庵は、中に入れないのは解っていたのですが、外からだけでもと思い、行って見ました。
いったん大徳寺の外に出て、しばらく歩いて、紫野高校の先にあります。
昔は、ここまで大徳寺の中だったそうですが、今はお寺の領域が狭くなって、少し外れた所になっているようです。
ここには、小堀遠州の「忘筌」と言う素晴らしい書院の茶室があるのですが、見ることが出来ないのが残念です。
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クローバーハウス ―作り付け家具
今日は午後からクローバーハウスの現場へ

現場は、外壁の吹き付け材、一度目の吹き付けが終っているのですが、ここの所,いつ雨が降るか解らないので、仕上げ葺きが出来ない状態です。サッシ周りをビニールシートで養生したまま、窓が開けられないので、内部は蒸し風呂状態。職人さんも大変です。

TV家具
大工さんが居間のテレビを置く部分の作り付け家具を作っていました。
引き出しがなく、シナ材で作れるものは大工さんに作ってもらい、引き出しが付いて複雑なもの、シナ以外の木を練る付ける場合は、家具屋さんに作ってもらうというように、予算の関係で考えています。

ワードローブ家具
2階の寝室では、ワードローブも出来上がっていました。これから建具やさんが、これに扉をつけて仕上がりです。

斜めの壁

先週、骨組みだけだった、階段の上にせり出してくる洗面とトイレの壁には、石膏ボードが張られていました。これが、漆喰で仕上がって、トップライトの光がどのように広がるのか、楽しみです。
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琵琶湖―湖北
琵琶湖、湖北の町と湖

土曜日に、ちょっと用事があり福井県の敦賀まで行ってきました。

敦賀は、僕の両親の故郷で、僕も子供の頃は、毎年夏休みを過ごした所です。祖父母が亡くなってからは、めったに行かないので久しぶりです。
新幹線で、米原まで行き、北陸本線の特急に乗り換えると30分ほどで着くので昔と比べるとずいぶん近くなったものです。

この米原から、敦賀までの琵琶湖に沿った景色が僕には本当に懐かしい景色でした。
車窓には、ちらちらと琵琶湖が見え隠れして、長浜、木之本といった町が通り過ぎてゆきますが、景色は昔とあまり違っていないように見えます。
どの家も、この地方独特の、釉薬をかけた少しツヤのある黒い瓦で葺かれていうるせいでしょうか。
いまだに古い家が多く、町並みがしっとりとしています。
敦賀で一泊して、次の日は京都へ出るのに、湖の西側を通りましたが、こちら側も同じ様に、古いきれいな集落が車窓から見えます。
ただ、大津に近づいてくると、新建材を使った、建売住宅やメーカーハウスが目立つようになって来て、雰囲気はだいぶ変わります。

湖北地方だけが、取り残されたように、昔の街の雰囲気を残しているように見えました。
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城塞
城塞


司馬遼太郎の城塞を読みました。

城塞とは、大阪城のこと。創建時の大阪城は、世界に類を見ない巨城で、その城域は今よりもよほど広かったらしい。

関が原の戦いが終って、徳川家康は征夷大将軍となり、さらに引退してからは、息子の秀忠が将軍職を継ぎ、実質的には天下の支配者になっています。しかし形式上は豊臣家の大名であり、高齢になった家康は、自分が生きているうちに豊臣家を潰して、徳川の世を磐石にしておかねばならないと考えています。

あの手この手で、豊臣方を挑発して、大阪冬の陣、夏の陣で、勝利するまでの物語です。
いやらしいほどに、巧妙に罠を仕掛けて、調略して行く家康に対して、ずるずるとその罠に嵌って行き、勝てるはずの戦に、負けてしまう豊臣方の話には、苛立ちを覚える人も多いのではないかと思います。

話は変わりますが、僕はここの所、大阪の友人と仕事をしていて、東京と、大阪では、結構ものの考え方が違うなーと、感じることが良くあります。
新幹線で行けば、2時間半ほどの距離なのに、生活、習慣、ものの考え方に違いがあるのは、どうも信長、秀吉の時代の影響が大きいのではないかと、この本を読んでいると思い当たります。

信長も秀吉も堺を整備して、貿易と物流を盛んにすることで、冨を蓄えて力をつけて行きます。その影響で、堺、大阪は商都として大いに栄え、大阪城には巨万の富が蓄えられていたということです。
それに対して、家康は、米=農業を中心とした、古い経済体制を維持して、その後の徳川幕府もこの思想を敷衍してゆきます。
秀吉に代表される、大阪文化が商売を基盤として、華やかな雰囲気を感じるのに対して、初期の江戸文化というのは、農業を基盤として、質実だけれども、ちょっと硬い雰囲気を感じさせるのではないかと感じます。まあ、元禄に入るとずい分違ってくるわけですが。
その文化の持っている香りが、400年も経って、時間的にはすぐ隣といっても良いほどの距離になっても、残っているというのは不思議なものです。
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