ののの家
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昨日は、去年の6月から設計していた市川の住宅の工事契約に立ち会いました。

年末に見積り依頼をしていた工務店3社から見積もりが提出され、見積もり内容のチェックと工務店とのネゴの結果、ようやく1社とお施主さんの間で金額的な合意が出来て、契約となりました。
契約書に約款と見積書、工程表を付けて、工務店とお施主さんが相互に記名捺印、僕も監理者として記名捺印して、正式に契約完了です。
現在、ご両親が住んでいる家なので、来月早々に引っ越しいただいて、解体工事から始まります。
解体工事が来月いっぱいかかる予定なので、工事本体が始まるのは3月に入ってからになります。
又、このブログでも工事の進捗状況を時々載せたいと思っています。

ところで、この家はお施主さんが「ののの家」と命名しました。
のが3つ繋がってなんだろうと思われるかもしれませんが、以前、長くこの家に暮らしていた猫の「のの」から取ったものです。
『「のの」の家』ですが、のが3つ繋がる方が面白いので、「ののの家」にしました。
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category:住宅
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ご近所の風景
今日はお天気が良かったので、カメラを持ってご近所を散歩しました。

立派な納屋を持つ農家
僕の家から半径500mぐらいの範囲なのですが、まだまだ立派な農家の建物が残っていて良い被写体になります。

きれいにメンテされたお蔵
この家のお蔵は最近メンテナンスをしたらしく、壁も屋根もきれいになっています。古い建物が大事に使われているのを見るとうれしくなりますね。

農家の門が立派です
この家の前は、毎日通勤の途中で通るのですが、門が立派です。

道端のお稲荷さん
やはり通勤の途中の道に、こんなお稲荷さんがあります。

畑の風景
少し歩いてゆくと、畑が広がる向こうにこんもりと木が茂っているところが見えます。

イギリス風の賃貸住宅
これは、何でしょうか?
どうも賃貸住宅らしく、庭を囲んで同じような家が10軒ほど建っています。
こうゆうまがい物のデザインは好きではありませんが、ここまでちゃんとやるといかにもロンドン郊外の邸宅と言った雰囲気で感心してしまいます。
たぶん煙突から煙が出ることは無いのでしょうけれど。
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category:日記
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写真展「1995年・日本の民家」
昨日は、汐留のパナソニック・ミュージアムで行われている写真展「1955年・日本の民家」に行ってきました。
1955年・日本の民家

これは、建築写真家の二川幸夫が1955年に日本中の民家を撮り歩いたときの写真を、最プリントした展覧会です。

大きく引き伸ばされて、少し粒子の荒れたモノクロの写真が迫力を持て迫ってきて、改めて日本の民家の美しさに気づかされます。
美しいかやぶき屋根

民家の美しさ、その屋根の形、壁の柱と漆喰の描き出す抽象絵画のようなパターン、内部の大黒柱や、丸太の梁等々、余すところ無くカメラのフレームに切り取られています。
そして、つい考えてしまう。
1955年から50年以上たった今、このうちのどれだけの民家が残されているのでしょうか。

外泊の集落

ここに、愛媛県宇和島に近い、外泊の民家の写真が展示されています。僕は1970年、大学4年生の夏休みにここを訪れています。そのときの村の様子は、この55年の写真とあまり変わっていませんでした。
海岸から山に向かって、石垣を積んで、そこに軒を深く出した平屋の家を建て、同じようにどの家も斜面に沿って家を建てているので、どの家もほとんど壁が見えません。斜面の下から見上げると、石垣と瓦屋根が交互に並んで独特な美しい景色となっています。

それから20年余り経って、当時小学生だった息子と、四国を半周する旅の途中で外泊に寄ってみました。そして、その景色の変わりように驚きました。
外泊の民家はほとんどが漁業を営んでいるのですが、折りからの観光ブームで、多くの家が民宿を兼業するようになっていました。そして部屋を増やすために、今まで平屋だった家を、多くの家で二階建てに建て直していたのでした。
そのことによってどうなったのか?
石垣はそのままなのですが、家が立ち上がったことで壁が見えるようになり、さらにその後ろに家の石垣を隠してしまうので、屋根の後ろに、後ろの家の壁が見えるようになる。つまり石垣と屋根で作り出されていたリズムが崩れて、壁が前面に出てくるようになるわけです。さらにその壁が、鉄板に木目をプリントした新建材で出来ているので、目を覆いたくなるような景色に変貌していたのです。

このようにして、日本の多くの民家が、集落がその美しさを失っていったことを、この展覧会を見て考えていました。
Posted by kozyken
category:建築
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佐々木先生の近代建築講義
昨日の夜は、大学時代に建築の歴史を習っていた、佐々木宏先生の講義を聴きに行って来ました。

教室での講義風景

僕もいろいろとお手伝いをしている、法政大学の建築同窓会が主宰しているもので、2カ月に一度、計6回の「佐々木宏・近代建築講義」の第2回目です。
かなり専門的な内容なので、建築関係者、主に法政大学の卒業生が主体です。

大学の教室を借りての1時間半の講義は、学生時代を思い出します。佐々木先生の講義は学生時代にも聞いているはずなのですが、実は恥ずかしいことに何も覚えていません。
特に歴史関係は学生時代にはちょっと苦手なところがありました。学校を卒業した後に、ヨーロッパを旅行していろいろな建築を見て回ったことで、歴史にも興味を持つようになり、自分なりにずいぶん本を読んで勉強しました。
と言うこともあって、学士時代より今の方が、佐々木先生の言っていることが良く解ります。
佐々木先生は、もう80歳を過ぎているのですが、全く記憶力が衰えることが無く、次から次へと機関銃のように言葉が飛び出してきて、話題が次から次へと繋がってゆくので、1時間半と言う時間は、あっという間に過ぎてゆきます。

お酒を飲みながら講義の続き

講義が終わった後に、近くの料理屋さんでお酒をいただきながら、さらに滑らかになった先生の口から歴史の裏話などを聞いて、ここでもあっという間に1時間半を過ごしました。

こうやって、夜遅くまで学生時代の先生の歴史の話を聞きながらお酒を飲むのも楽しいものです。
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category:建築
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Low-Eガラスの効用
我が家の居間の南面は前面床から天井までガラスなのですが、

年明け4日に我が家の床暖房が働かなくなり、メーカーに修理を頼んだのですが、お休み中で7日の月曜日まで来てくれません。
そんなわけでこの3日間ほど、居間は暖房無しで生活しています。小さな電気ストーブを持ってきてかろうじて暖を採っているのですが、今までぬくぬくした生活をしていた身にとってはこの寒さは厳しいものがあります。

我が家の居間は南面がほぼ前面ガラス面になっていますが、去年の春にこのガラスを全てLow-Eガラスに変えました。
Low-Eガラスとは、ペアガラスの内側に特殊な金属を蒸着することで赤外線を反射するようにしたガラスです。これによって普通のペアガラスよりも断熱性能と遮熱性能を高くしたものです。
このガラスの交換によって、この冬は暖房の効きが去年までよりもだいぶ良くなりました。そこに来てこの床暖の故障ですが、小さなストーブでも何とか我慢できているのはこのガラスの効果によるところが大きいのではないかと思います。

もうひとつ今日実感したことです。今日は午前中お天気が良かったのですが、例年ですと日当たりの良い我が家の居間は、真冬でも暖房無しで25度ぐらいまで室温が上がり暑いぐらいになります。そして、日が陰ると一気に寒くなると言う状態でした。
それを考えて、今日は日が昇ってきて室温があがることを期待していたのですが、一向に室温があがらないどころか、日のあたるところにいてもほんのり暖かさを感じる程度なのです。Low-Eガラスの遮熱効果を実感しました。
その代わり、日が落ちても一気に室温が下がると言うこともありません。

夕方6時に近い現在でも、室温は17度ほどを保っています。
17度と言うのは、やはり少し寒いですが、我慢できないほどでもありません。
昔の人が、断熱性の低い室内で、火鉢とコタツで生活をしていたことを考えると、これでもまだ十分暖かいと言えるんかも知れませんね。
Posted by kozyken
category:住宅
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年明け雑感
苔寺

今年の三が日は良いお天気に恵まれて、のんびりしたお正月気分を味わっています。
年末から風邪を引いて、外に出ることを控えていることもあり、一日音楽を聴いたり、本を読んだり、借りてきたDVDで映画を見たりと、すっかり寝正月を決め込んでいるといったところですが。

1日の朝のNHKでは、西芳寺を取り上げた番組をやっていました。

西芳寺は、通称苔寺として知られている、苔に覆われた庭園を持つお寺です。室町期に無窓疎石によって作庭されたときは枯山水の庭だったようですが、応仁の乱によって寺が焼失したり、江戸期に二度にわたる洪水ですっかり荒廃して、今のような苔に覆われた庭園になったようです。
面白いのは、人間の手によって作られた庭が、長い時間をかけて、人間の手を離れて自然に戻ってゆく過程で、庭を造った無窓疎石も創造しなかったような、緑に覆われた美しい庭に変貌して言ったと言うことです。
偶然の悪戯と言えばそうかもしれませんが、この苔むす庭の美しさは、綿密に計算して人間が作った庭に、神が手を貸して完成させたもののようにも思えます。

日本の庭園には、人間が物を作ると言うことの限界を超えて、あるところから先は自然にゆだねるというところがあるように思えます。それは人間の寿命を超えてはるかに長い時間をかけて変貌してゆく自然に対して人間の行為の限界を感じると同時に、自然の行うことに対する日本人の持つ信頼感のようなものも感じることが出来ます。

このような日本の庭園の多くが仏教寺院に付属しているのも面白い現象だと思います。
たとえば西洋の教会建築や、イスラムの寺院にはこのような庭園はありません。そこに見られるのはもっと人工的な庭です。
日本の庭園には、日本人独特の自然観が反映しているのでしょうが興味深いところですね。

正月早々、テレビを見ながら日本の文化と言うものについて、漠然とそんな感想を考えていました。
Posted by kozyken
category:日記
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