ののの家―外部配管工事
今日は午後から「ののの家」の現場へ行って来ました。

型枠を外した基礎コンクリートの様子

現場は先日、基礎のコンクリートの打設が終わり、型枠を外したところで、設備関係の外部の配管工事をやっています。
来週には上棟する予定で、上棟すると建物回りに足場が組まれて、足場を解体するまで配管工事が出来なくなるために、先行して排水管や水道管の配管工事を行う訳です。

外部配管

この地域は住宅内の汚水、雑排水と、屋根の樋から落ちてくる雨水を別々に排水しなければなりません。そのために隣地との狭い間に2系統の配管を入れなくてはならず、設備業者の職人さんたちも工夫を凝らして作業を行っていました。

これで、来週月曜日に土台を敷いて、火曜日には朝から初めて夕方には構造材が組みあがる予定です。
今のところ来週前半はお天気も良さそうで、建物の形が見えてくるのが楽しみです。
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子供の場所
昨日の日曜日は去年10月に竣工した逗子の住宅へ行って来ました。

ようやく暖かな季節になり、冬の間5カ月ほど生活していただいて、どんな様子だったかを聞くことが主な目的でしたが、竣工後、家具屋さんに頼んで子供スペースの本箱と勉強机を作ったのを見ることも目的のひとつでした。

この家では2階の階段を上がったところ、15畳ほどの広さのスペースを仕切らずに、子供のスペースとして用意しています。お子さんは小学校3年と、幼稚園へ行っている二人の女の子ですが、子供の成長に合わせて、可動の収納と本箱などで少しずつ領域を作ってゆけばよいという考え方です。
子供スペース・上の子供の机
可動収納
下の子供の可愛い机

既に収納で軽く二つの領域が出来て、それぞれの机も置かれていました。これから好きなように、いろいろなものを使って、楽しみながら自分の領域を作っていけばよいと思います。
1人一つずつの個室を与えるよりもこの方が、子供の想像力を養うこともでき、家族とのコミュニケーションも育つのではないかと思います。

オカメザクラの見える窓

話は違いますが、1階の居間の窓は、庭に植える植物との関係で位置と形を決めて設計したのですが、ピアノの横に明けた窓からは、オカメザクラの木がすでに散り始めた花を咲かせていました。普通の桜よりは開花が早いようです。まだ木が小さいのですが、もう何年かして、木が大きくなって花もいっぱいに付けるようになるのが楽しみです。

この家では、「そよ風」と言う太陽熱を利用したパッシブソーラーを採用しているのですが、、この冬の寒さで、かなりの効果があったようです。コントローラーの中に毎日、毎時間ごとのデーターを記録するようになっているのですが、そのデータをいただいて、これから分析しようと思っています。その結果は近日中に報告する予定です。
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ののの家―配筋検査
配筋検査

今日は市川の「ののの家」の基礎鉄筋、配筋検査に行って来ました。
建物の文字通り基礎となる、基礎は構造上とても大事な部分になります。
そこで、設計通り配筋がされているかどうかチェックすることが大事な作業になります。
現場は、きちっときれいな配筋がなされており、2点ほど現場でちょっとした手直しをしてもらうだけで、無事に検査が終わりました。

配筋の状態

現場には、ガス屋さんと、設備屋さんも来てもらっていたので、配管について打ち合わせをしました。基礎のコンクリートを設備配管が貫通するところは、あらかじめスリーブと言うものを入れて、コンクリートに穴が開くようにしておかなくてはいけません。事前にそのスリーブの位置を書き込んだ施工図を送ってもらっていたので、それを見ながら打ち合わせをしました。施工図ではスリーブが足りないところが何カ所かあるので、再度施工図を直して送ってもらうように指示しました。

これで、金曜日にはコンクリートを打設して、4月の初めには上棟するようになります。
柱や梁の木材に関しては、プレカットの業者と何回か打ち合わせを重ねて、今日、プレカット図面を承認したので、これから工場で加工に入ります。
いよいよ上棟、形が見えてくるのが楽しみです。
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耐震改修講習会
耐震診断と補強方法

今日は午後から新宿区の耐震改修工事講習会に行って来ました。

去年に耐震診断の計算基準に変更があり、変更後これで3回目の講習会です。今日は、耐震計算の演習もあるというので出かけたのですが、実際的でわかり易く、役に立つ講習でした。

耐震診断の計算と言うのは、対象の建物を調査して、地震の力に対してどれだけの抵抗力を持っているかを診断するもので、かなり複雑な計算です。
普段の仕事では、これをコンピューターソフトを使って行うので、その計算の流れを意識することもなく、基準が変わっても新しいソフトを使えばよいわけですが、やはりその原理を知っておくことは必要なことです。
単純なモデルを使って、電卓を片手に3時間ほどの演習計算は、普段使わない部分の良い頭の体操になりました。

実際の耐震改修の設計には、この耐震診断の計算と、その結果をもとにどのように耐震補強を入れて、建物を安全な数値まで持ってゆくかと言う補強計算があります。
診断の方は答えが一つなので、手計算でも時間を掛ければできますが、補強の方はやり方がいくつもあり、計算と結果を見ながら何回も試行錯誤を行う必要があるので、やはりパソコンを使わないと無理です。
いくつもの補強方法を考えながら、コストと、工事の難易度、住んでいる人の負担の少ない方法などを考えて、最良の案を作るわけです。

4月からは新宿区でも、新しい耐震診断基準で行うようになるので、そろそろ新しいソフトを買わなくてはと思っています。
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まあだかい-まあだだよ
まあだかい

内田百閒の「まあだかい」を読みました。

百閒が還暦を迎えた時に、そのお祝いの会に集まったかっての教え子たちが、来年から先生の誕生日にお祝いの会を毎年開くことを計画します。その会の名前が摩阿陀会で、先生、まあだ逝かないのかいと聞くと、先生がまあだだよと答えるという趣向で付けられています。
第一回目摩阿陀会のあいさつで、百閒は君たちが、まあだかい、と聞くから、まあだだよ、と答えるのだが、そのうちそろそろとなったら、もういいよ、と答えるからね、と言っています。先生である百閒と学生たちの信頼から出てきた名前とも言えます。
この会は結局20回近く続きます。(百閒は18回前出席)
毎回、飲めや歌えやの無礼講で、言いたい放題のこの会を百閒は大変気に入っていて、晩年に体がいうことが効かなくなり、出席できなかったときは大変悔しがったということです。
この本の素晴らしさは、百閒と言う人の人間としての素晴らしさそのもののような気がします。だから、何十年経てもかっての学生たちは先生を慕って集まってくるのです。
教え子たちは、先生は金無垢だと言います。メッキではなく、どこを切っても内田百閒そのものだということでしょう。

本を読み終わると同時に、DVDを借りてきて、黒沢明の最後の映画「まあだだよ」を見ました。
これは、「まあだかい」と失踪した飼い猫を描いた「ノラや」をもとに黒沢明が脚本を書いて撮った映画です。
この映画も、百閒と教え子たちの心温まる交流を見事に描いて、見ごたえのある作品でした。
黒沢の最後の三つの作品「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ」には共通するところがあり、僕はどの作品も好きです。どの作品も大上段に構えるところが無く、本当に映画が好きで作っているという感じがします。そして、とても美しいシーンが出てくるところも共通しています。
「まだかい」では、最後の百閒が夢の中で子供時代に戻り、夕焼けの野原で、まあだだよと言いながらかくれんぼをしているシーンきれいですが、僕は、終戦直後に焼け出されて、小さな掘立小屋に住んでいる百閒を教え子たちが訪ねてくるシーンが格別気に入りました。

戦後住んだ家
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東京スリバチ地形散歩
東京スリバチ地形散歩

東京スリバチ散歩(皆川典久-洋泉社)を読みました。

著者の皆川さんは東京スリバチ学会を主宰している人です。スリバチ学会と言うのは、東京のすり鉢状の土地を歩いて探索するという会で、僕もその街歩きに一度参加しているので、皆川さんとも面識があります。
学会とはいっても、そもそもスリバチ学と言うものがあるわけではないので正式な学会ではありませんが、この本を読んでいると、単なる街歩きの記録を超えて、スリバチ学を築いていると言えるほど内容は本格的です。
自分たちの足で歩いた、フィールドワークに学術的な裏付けもされていて、読んでいるとなるほどと頷くところが多くあります。
スリバチ学会で、目白界隈の谷を歩く

僕自身も、昔から谷やスリバチになった地形に興味があるのですが、そのもととなっているのは、若いころに一時、麻布に住んでいたことにあります。
そのころ住んでいた共同住宅は、麻布の仙台坂から南に入ったところで、韓国大使館の裏から崖地が続いていました。崖は10mほどの高低差があって丁度その境に建物が立っていたので、1階に玄関があるのですが、4階にもう一つ玄関があります。
そして面白いことに崖の下の街並みは、商店や町工場の点在する下町風なのですが、崖の上、4階の玄関から外へ出ると、広大な庭を持つお屋敷が並ぶ別世界が広がっているのでした。
おかげで、土地の形状と街並みの関係についてすっかり興味がわいて、麻布の道をずいぶんと歩き回ることになりました。
この本でも、麻布・白金に一章を割いて詳しく3D地図を使って説明されているので、当時を思い出して、懐かしく読むことが出来ました。
そのほかにも、僕の事務所のある早稲田界隈、去年現場に通った田園調布、昔現場に通った赤羽などよく知っているところもずいぶん出てきます。そういえば東京には色々な所に丘や谷があるものだなと思います。
この本を持って、週末に東京のスリバチに思いを馳せて歩いてみたくなりました。
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[ののの家」地鎮祭
地鎮祭

千葉県市川市の「ののの家」の地鎮祭を昨日行いました。

施主の奥さんのご両親が住んでいた住宅を建てなおして、二世帯住宅にするものです。
先月に解体工事が終わり、先週地盤調査も無事に終わり、ようやく着工の運びとなりました。

式にはお施主さんご夫婦、二人のお子さんと奥さんのご両親が出席して、ご近所の豊受神社から神主さんに来ていただいて、厳かに執り行いました。
記録を見てみたら、初めてお施主さんからメールをいただいたのが、去年の5月27日、当初はリフォームの予定でしたが、途中から新築に切り替えて、打ち合わせを何度も重ねてようやく着工の運びとなったので、感慨ひとしおです。

式を執り行った神主さんは、若い方でしたが、とてもよく通るきれいな声をしていたので、地鎮祭がとてもすがすがしく感じました。相当発声練習をしているのかもしれませんが、神主さんの声も大事ですね。

プレカット図面のチェック

今週中に基礎の工事が始まりますが、僕は先週から構造材のプレカット図面のチェックを行っています。
昔は柱や梁は大工の棟梁が墨付けをして、仕口の刻みを行っていたのですが、最近ではほとんどプレカットと言って、工場で詳細な図面を書いて、図面に従ってコンピューターで制御された機械が木材を加工して行きます。
図面が間違っていれば、現場で構造材が組みあがらなくなるので、この図面のチェックは大事な仕事です。
プレカットの図面は、僕が書いた設計図を基に書いているわけですが、こちらの意図が図面だけでは伝わっていなかったり、技術的な考え方の違いもあり、訂正しないといけないところもずいぶん出てきています。これをもとに、プレカットの業者と、大工さんを交えて近いうちに打ち合わせを行います。そうやって、何度かやり取りを繰り返しながら、設計者の意図を、プレカットの図面に正確に反映してもらって、加工に入るようになるわけです。
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ピーター・クック講演会
昨日は、イギリスの建築家ピーター・クックの講演を聞きに行って来ました。
サー・ピーター・クック

ピーター・クックと言っても専門家でないとあまり知らないかもしれませんが、1960年代に「アーキグラム」と言うグループを結成して、前衛的な建築運動を起こした人です。
僕は丁度そのころ建築学科の学生だったので、初めて彼のドローイングを見た時のことをよく覚えています。
都市や建築に対して斬新な提案を行い、素晴らしく美しい絵を描くことで有名になりました。
ただ彼のアイディアは、現実に建設できるものではなかったので、当時はアンビルドの建築家(建築を建てない建築家)と言われていました。
その後彼はイギリスで有名な建築学校、AAスクールやロンドン大学で教べんを取って、イギリスの建築界では強い影響力を持っていました。
その後もずっと、アンビルドの建築家と思われていたのですが、21世紀に入ってオーストリアのグラーツに芋虫のような不思議な建物を作り、世界をあっと言わせました。
グラーツの美術館

昨日の講演では、その後もスペイン、オーストラリア、台湾などで次々とプロジェクトが動いているようで、今ではアンビルドでは無くなったようです。
建築の技術、コンピューターによる施工の発展により、やっと彼の建物が建てられるようになったのかもしれません。

昨日の話は、彼の思考の過程を暗示するキーワードがいくつも出てきました。
「創造的ないいかげんさ」と彼が言った時に、学生時代に見た「インスタント・シティー」と言うプロジェクトを思い出しました。気球によって持ち上げられたテントの下に都市があるという、とても美しいドローイングが印象的なのですが、インスタントとシティーと言う言葉の組み合わせが学生だった僕には新鮮でした。
都市とか都市計画については、当時もずいぶんいろいろな建築家が真面目に言及していたのですが、彼はそれを軽やかにインスタントと言う言葉で表現したわけです。
インスタント・シティーのドローイング

彼のドローイングは、ロイ・リキテンシュタインや、アンディー・ウオホールなどのポップアートとの関係を連想させるところがあります。又、僕にはビートルズのイエローサブマリーンのアニメ映画を思い出させます。
60年代は又、そのようなポップカルチャーが世界を変えつつあった時代でもあったのです。
Posted by kozyken
category:建築
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