東方への旅―イスタンブール
東方への旅―ル・コルビュジェ

遅めの夏休みと言うことで、来週から、トルコのイスタンブールと、ローマへ旅行することにしました。

ローマは行ったことがあるのですが、イスタンブールは初めてなので、少し関連する本を読もうと思って、最初に思いついたのが、建築家ル・コルビュジェの「東方への旅」と言う本です。

これはまだ無名の、建築家を目指す若者だったコルビュジェが、ベルリンのベーレンスの元で一緒に働いていた友人と二人、東方のトルコ、ギリシャを旅する紀行文です。
時は1911年、今から100年ほど前、二人は、バルカン半島を南下して、馬車でトルコへ入ります。
イスタンブールがすっかり気に入ったコルビュジェは、ここに7週間滞在して、若き好奇心に満ちた目でいろいろなものを見ることになります。
モスク、バザール、カフェ、墓地、そして猫と愛らしい女と、驢馬、つまりすべてを。

後の合理主義のモダニストらしからぬ、感傷的な文章で。もっとも旅人はいつも感傷的になるものですが。

しかし、考えてみるとコルビュジェの建築は、決して堅苦しい合理主義ではないし、いつも合理性からすり抜けてしまう、温かさと人間性を備えていると言えます。
そんなコルビュジェの建築の特質が、この若き日の紀行文のなかにすでに垣間見えているのかもしれません。

少し前に、ポール・セローの「地中海大旅行」と言う本を読んでいたのですが、ジブラルタルを出発して、スペイン、フランス、サルディニア、イタリア、クロアチア、アルバニア、ギリシャを旅して、そのすべての国、都市を貶していた彼が、イスタンブールだけは絶賛しています。

そんな、イスタンブールがどんな街なのか、今からワクワクしています。
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リフォームの問題点
昨日、世田谷で設計中だったリフォームの設計が終わりました。
そして、同時に昨日から、中野区で耐震改修工事が始まりました。
どちらも築40年ほど経った住宅で、途中で何度か増築、改築を行っているところも共通しています。
そして、どちらも同じ問題を抱えていることがちょっと気になったので、少し書いてみたいと思います。

どちらの住宅も構造体を調査してみると、最初の工事の部分は、40年前にしてはしっかりした工事で、現在の基準からすれば十分とは言えないにしても、当時の職人さんたちが、まじめに心を込めて作ったことが伺えます。
問題はその後の増改築工事です。最初のしっかりした構造が、増改築で損なわれてしまっているところが何カ所か見受けられます。しかも致命的な欠陥と言えるところもあります。

色々と考えてみると、新築工事と増改築工事では大工さんの工事に対する意気込みが違うのではないかと思うようになりました。新築工事では、地鎮祭や上棟式もあり、大工さんとお施主さんとの心意気が伝わるようなところがありますが、増改築工事は、大工さんにとって、片手間の仕事のような意識があるのかもしれません。

僕は前から、リフォーム工事こそ新築以上に時間を掛けて、図面もしっかり書いて万全を期して工事に望まないといけないと思っています。そして現場も良く見て監理をする必要があります。現場での予期せぬ事態と言うことも新築以上に多いからです。

今回、リフォームの設計を終えた住宅では、図面だけでも50枚以上書いていますし、設計にも時間を掛けています。
工事前に、問題点を把握しておけば、そのような問題点を解決する方法はいくらでもあるものです。そのために考える時間を惜しまないことが、リフォーム工事において大事なことではないかと思います。

これから、リフォームを考えている方は、リフォームだからこそ設計は慎重にしなければいけないと考えるべきではないでしょうか。
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category:住宅
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1950年代
児童百科事典

先日のオープンハウスの折、「ののの家」のお施主さんに平凡社の児童百科事典を見せてもらいました。これは1951年から発行された子供向けの百科事典で、今ではめったに手に入らない貴重な本だということです。全部で24巻あります。

けんちくの項

その中の「けんちく」という項を開くといかにして設計から施工まで建築が作られるかという説明から、ピラミッドからパルテノン、そして現代建築までの歴史が図版とともに6ぺージ程にわたって、説明されています。子供のころにこれだけ建築とは何かをちゃんと学ぶ機会があれば、大人になってからももっと建築を理解できるようになるのにと、つい考えてしまいました。
これは建築だけでなくすべての項にわたって、本格的な詳細な説明がなされているとのこと。小学生のうちにこの本をしっかり読みこめば、学校へ行く必要がないのではないかと思える内容です。

この本が発行された50年代は、日本がようやく戦後の復興を始めた時期で、戦中の出版物に対する統制、検閲から解放されて、将来にたいする明るい希望が、この本に、そしてこの本を手に取る子供たちに託されているような気がします。

話は変わりますが、僕たちがこの3年間、保存と再生をするよう働きかけている、法政大学の55年館、58年館、そしてすでに解体されてしまった53年館という建物も、この時期に、新しい民主主義の理想に燃えた総長の大内兵衛と、若き理想に燃えた、大江宏という建築家の出会いによって生まれた建築です。今までの学校建築の殻を破ってできたこの建築は、建築家の才能だけではなく、この時代の空気を反映した奇跡だと思うのです。
それは、壊してしまえば、今の時代では作ることのできないものなのです。
日本では、40年、50年の建物を古くなったからと言って、簡単に壊して建て替えてしまいますが、いくら技術が進んでもそれだけでは再現できないものが世の中にはたくさんあります。
法政大学55/58年館


子供のころから、そのような何が大事なのかということを教えることが教育なのではないかと、ふと思いました。
そして、この児童百科事典を超える児童百科事典がこの60年間で出てきていないのだそうです。
Posted by kozyken
category:日記
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おうち作りの記
ブログの更新がしばらく滞っていました。
実は、理由が解らないのですが、10日ほど前からブログのサーバーに繋がらない状態になり、いろいろ試しても回復せずにいたのですが、やっと自宅のパソコンから繋がるようになりました。(事務所のパソコンからは未だに繋がりません。)

と言う訳で、間が空いてしまいましたが、「ののの家」オープンハウスに来ていただいた方、ありがとうございました。おかげで大変盛況で、多くの方に見ていただき、感想を伺うことができました。
オープンハウスの翌日に、建物の引き渡しも終わり、この週末でお施主さんの引っ越しも完了しているはずです。
引き渡しが終わり、建物が自分の手から離れると、いつもながら少しさびしく感じるものですが、これからお施主さんと建物との長いお付き合いが始まるということでもあります。

オープンハウスの様子

オープンハウスの当日に、お施主さんから「おうち作りの記」と言うA4用紙6枚にびっしりと書かれたメモをいただきました。これは、お施主さんが僕と出会う前に、家を建てようと考え始めた時、これから建てるつもりの家について書いたものだそうです。
そこには、形になる以前の家と言うものに対する基本的な考え方がかなり明確に書かれています。
結局、家が出来上がるまでこのメモは僕に見せることなく、設計、そして工事が進んできたわけですが、出来上がったものを見ると、このメモのイメージの通りに出来上がっていますとお施主さんに言われました。

このメモを、最初に見せてもらっていた方が良かったのか、見せてもらわなくて良かったのか、ちょっと難しい判断ですが、僕としては見せてもらわなくてよかったと思います。
このメモには、いま読むとすごく納得できるところが数多くあるのですが、最初に見ていれば、そのことが固定観念として、設計に入る前に僕の頭の中に固定されて、デザインの足かせとなっていたことでしょう。
しかし、半年近い設計期間中に、何回となく打ち合わせを繰り返す中で、自然とこのメモにあるようなお施主さんの物事に対する基本的な考え方が、意識的であれ、無意識的にであれ、僕の中に伝わってきて、それが形として図面の中に現れてきたような気がします。

それにしても、これだけのメモを書いて、それを設計者に見せないということもすごい判断だと思います。それだけ設計者としての僕のことを信頼していてくれたのだと考えると、頭の下がる思いです。

一軒の家を建てるということは、施主と設計者のコラボレーションであり、お互いの信頼関係が欠かせないのだということを改めて考えさせられました。
オープンハウスの後でワインで乾杯
Posted by kozyken
category:住宅
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