富岡小旅行
昨日の日曜日は、法政大学建築学科同窓会の女性ネットワークの企画で、上州富岡へ行って来ました。

我々が学生時代の先生だった大江宏の父上で、大江新太郎と言う建築家の作品を見るという企画です。大江新太郎は、明治神宮や神田明神の建築を手がけた、神社建築の設計で有名な建築家です。
昨日は、その大江新太郎の孫、つまり大江宏の息子さんで、去年まで法政大学の教授だった大江新先生も同行してくれて、いろいろと面白いお話も聞かせていただきました。

最初に着いた上信電鉄の上州富岡駅は設計競技で設計者を選んで、今年の春に竣工したばかりのモダンで明るい駅でした。
上州富岡駅

早速、市内にある旧櫛渕邸へ行きました。昭和13年竣工と言うことで、大江新太郎は昭和10年に亡くなっているので、設計はしたけれど完成を見ずに亡くなったということです。現在は「ときわ荘」と言う、割烹旅館として使われているので我々はここで見学のついでに昼食を頂きました。
旧櫛渕邸(ときわ荘)

玄関を入ったところの廊下は天井が凝っていてきれいでした。
天井の意匠に注目

ガラス戸の桟の組み方もとても手の込んだ美しいものです。
書院のガラス窓

雪見障子のようなガラス窓

外の窓の格子とその庇もとても凝ったものだったので、皆でしばらくああだこうだ言いながら見ていましたが、こういうところは建築家の団体だからと言えますね。
窓の格子と庇について議論する参加者たち

次に少し離れた丘の上にある、「社会教育館」へ行きました。ここは昭和11年の完成で、神道系の修練場だったようですが、今は公民館のような使い方をされているようで、2008年には有形文化財に登録されています。
「社会教育館」の門

庭に面して正面玄関を中心に左側の施設と、右側の渡り廊下の先の行動が繋がっています。
庭から渡り廊下行動の屋根を望む

講堂は天井が高く、格子天井の意匠が面白い形をしています。
行動内部

社会教育館の後は近くにある、一之宮貫前神社へ行きました。
この神社の面白いところは、総門をくぐってから、楼門、本殿へ行くのに階段を下ってゆくのです。我々の常識では、神社と言うのは階段を上った先に山を背にしてあるということなので、ちょっと不思議な感覚がします。下り参りの宮と言われているそうです。
貫前神社の楼門を見下ろす

楼門も凝ったものですが楼門をくぐって拝殿、本殿を見ると、極彩色に塗られた派手なものでちょっと驚きます。
拝殿と本殿

日光の東照宮を連想させますが、こちらの方が小さい分精緻な感じがしてなかなか良いものです。
東照宮を作った職人たちをこの近くに住まわせたという話もあるようですが、現在の社殿が東照宮と同じく三代将軍家光の命によって作られたことも関係あるのかもしれません。
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category:建築
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「月のきもち」
今日は、僕の昔のお施主さんで、写真家の早坂卓さんが開いている「月のきもち」という写真展に行って来ました。

会場は20年以上前に僕が増築設計した住宅の一部です。早坂さんが実家のご両親と同居するために増築した部分なのですが、今は別のマンションにお住まいなのでここをフォトギャラリとして、時々こうした展覧会を開いています。

「月のきまち」展

写真はタイトル通り、今までに撮りためた様々な月の写真を展示しています。
月明りで光る海を、あえて月を入れずに撮ったり、西の空に沈んでゆく月を朝日が出た瞬間の光の中で撮ったりと、さすがに専門家の仕事だなあと思わせます。

僕もここの所写真に興味があるので、いろいろと写真にまつわる面白お話を聞かせてもらいました。
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category:日記
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八幡山の家―大谷石の塀の改修
5月の末に竣工した八幡山の家で最後まで残っていた、大谷石の改修工事が始まったので今日は現場に行って来ました。

本来ならば、5月の末に塀の改修も終わっていないといけないのですが、大谷石を扱う専門の業者がどうしても都合がつかず、生活には直接影響のないところなので、お施主さんに了解をいただいて、この部分だけ2カ月遅れての工事になりました。

大谷石は、住宅の塀などに良く使われる材料ですが、もともと柔らかい石なので長い間に表面が劣化してきて、剥がれて来るようになります。
去年工事の始まりに、専門業者に見てもらって補修の方法も検討してもらっておきました。

削り取った上に新しい大谷石を張り付ける
カスガイで止めたり、鉄筋とモルタルで補強
劣化した大谷石の表面を4cmほど削り取って、カスガイや鉄筋で補強したうえに、3cmほどの厚さにスライスした大谷石をモルタルで張ってゆきます。念のために2カ所ほどステンレスの釘を打ち込んで外れないようにします。

貼り終わって新しくなった塀の部分
今朝は、すでに半分ほど張り終っていましたが、張りあがったところは新品のようにきれいでした。全て張り終った後に劣化を防止する液体を塗って仕上がりになるということでした。

水準器を使って正確に水平を取る。
職人さんのやり方を見ていると、仮置きした石に水準器で水平を取りながら、下に挟んだ楔で調整するという丁寧な仕事でした。
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category:建築現場
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「日本の戦後住宅伝説」展
北浦和にある、埼玉県立近代美術館で「日本の戦後住宅伝説」という展覧会が開催されているので、昨日の土曜日仕事帰りに寄ってみました。

戦後の住宅史の中で話題になった作品16が取り上げられています。この16人の建築家のうち11人はすでに亡くなっているので、テーマの通りすでに伝説になっている作品群と言っても間違いではないのでしょう。

丹下健三の自邸や菊竹清訓の自邸、スカイハウスなどは1950年代で僕にとって同時代とは言えないけれど、それ以降の60年代後半から70年代前半の作品は僕が学生時代から仕事を始めたばかりの若いころのものなので、すべて雑誌に発表された時のことをよく覚えているし、そのうちの多くは強いインパクトを受けた記憶がありありと蘇ります。
その中でも、宮脇檀の「松川ボックス」は僕の先生でよく知っているので特別としても、東孝光の「塔の家」、坂本一成の「水無瀬の家」は今見ても強い印象を与えてくれます。
宮脇檀「松川ボックス」

東孝光「塔の家」

坂本一成「水無瀬の家」

石山修「幻庵」

安藤忠雄「住吉の長屋」

そして、全体を見終わって感じたことは、“ごつごつしている”という印象です。
ちょうど先週「かしこい家」展を見たときに感じたのは、柔らかくてしなやかという印象でしたから、まるで正反対ですね。
今と50年前では世の中がずいぶん変わっていますから、当然と言えば当然ですが、当時の若い建築家たちは、器用にスマートに物を作ることを良しとしない、というところがあったような気がします。

それは同時代の音楽や映画美術などにも共通して言えることかもしれません。とりあえず今までの既成の秩序をすべて疑ってみるところから始めるという態度があって、四苦八苦して自分の言葉で表現しようと試る結果が“ごつごつ”という印象となっているのではないかと思います。
そのごつごつ感は、なぜか僕にとっては懐かしいものでした。
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category:住宅
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「かしこい家」展
かしこい家展

先週の土曜日は夕方から、京橋のAGCスタジオで行われている「かしこい家」と言う展覧会に行って来ました。

これは、東京建築士会が「かしこい家」と言うテーマで、実際に建っている住宅を募集した中から入賞した14の住宅を図面と模型で展示しているものです。
設計に際して、その住宅の特徴となる部分がちょっと際立っていて、なるほど賢いと思わせる住宅が並んでいます。

狭小敷地の難条件を解決する工夫や、住まい手の生活条件をうまく形に生かした住宅や、限られた広さのマンションをかしこくリノベーションした例など、見ていてなるほどと思わせるもの、楽しい生活の雰囲気が伝わってくるものなど、設計者と施主の工夫が良く解ります。

会場風景

僕が感心したのは、どの作品もネーミングが上手いこと、そのネーミングが建物の特徴をよく表していることでした。

たとえば、「ツボミハウス」と名付けられた家は、なんとなくツボミの形をしています。その形が上手く生活を包み込んでいる印象があります。
「ミノムシハウス」は施主が廃材や流木を拾ってきて、ミノムシの様に壁に張り付けた家。「つくえの住宅」は狭い空間に大きな机を置いて、机の上でいろいろなことが出来るように工夫した家。
などなど、設計のコンセプトと言うほど大げさなことではなく、軽いネーミングと言うのも大事なことだと思いました。
Posted by kozyken
category:住宅
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