「快楽の館」―篠山紀信写真展
昨日の土曜日は、品川、御殿山にある原美術館で開催されている「快楽の館」と題されている篠山紀信の写真展へ行ってきました。

原美術館は銀座の和光ビルや上野の国立博物館の設計で有名な渡辺仁が戦前に設計した住宅を美術館にしたもので、僕のお気に入りの建築です。美術館としても毎回新しい感覚の企画があって、僕はたびたび訪れています。
今回の写真展もこの美術館でなければできなかった展覧会だといえます。

建物外壁に立てかけた作品

木の間から土塀にかけた写真

というのは、展示されている写真がすべてこの美術館の中、またはここの庭園で撮影されたものなのです。写真は女性のヌード写真ですが、バックになっている建物も作品の一部であり、かつその部屋の中に巧妙な配置で作品が展示されているという、なんとも不思議な感覚を見るものに与えます。
夕闇の中庭で4人の裸体の女性がポーズをとっている写真は、ひどく非現実的というかシュールな印象を与えます。シュールレアリズムの画家、ポール・デルボーの絵画を連想させるものでした。

ケーキの上に逆立ちした裸婦が

一通り見た後、中庭に面したカフェで頼んだケーキは、展覧会に倣って、ケーキの上に裸の女性が逆立ちで乗っているもので、思わず笑ってしまいました。

ポール・デルボーの絵画
これは参考までに、ポール・デルボーの作品。
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川崎の複合ビル ―根伐り
昨日は川崎の現場へ毎週水曜日の定例打ち合わせに行ってきました。

現場は、杭の施工が無事に終わって、根伐りのあと捨てコン、墨出しが終わって、杭の頭に補強の鉄筋を溶接しているところでした。

根伐り、捨てコン

根伐りとは、基礎をつくるために穴を掘ることを言いますが、今回は一番深いところで1.5mほどの深さに掘るために、土が崩れてこないように、鉄骨のH鋼を打ち込んで、矢板と言われる木の板を山留に建て込んでいます。

解体工事のときから比較的浅いところで地下水が湧いていたので心配していたのですが、幸い基礎フーチンの入る一番深い部分に少し出ているだけで、ポンプで排水しながら作業をしています。

杭頭補強筋の溶接

杭は基礎から余分に残っているところをカットして、基礎の捨てコンから20cmだけ出るようにしていますが、そこに1mほどの長さの鉄筋を何本も溶接しています。
杭は建物の重さを支えるだけでなく、地震や台風のときに倒れそうになる力に対して、建物を引っ張る力にも対抗しなくてはなりません。これを杭の引き抜き力と言いますが、杭を引き抜くように力が掛かるわけですね。その為に、このように杭の頭に鉄筋を溶接して、基礎のコンクリートと一体になるようにするわけです。

いよいよ来週からは、基礎の鉄筋に配筋が始まります。
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「キリストはエボリに止まりぬ」
キリストはエボリに止まりぬ

カルロ・レーヴィの「キリストはエボリに止まりぬ」(清水三郎治訳・岩波書店)という本を読みました。

カルロ・レーヴィは、画家で小説家で医師でもあったイタリア人ですが、1934年に反ファシスト運動の疑いで逮捕され投獄されたのち、イタリアの最南端、ガリアーノ(現マリアーノ)という山間の小さな村に幽閉されることになります。
書名となっているエボリはサレルノの近くの街ですが、キリストはここまで来て、そこから南へは行かなかった。つまり神にも見放された土地という意味です。

レーヴィはガリアーノに3年間幽閉されて、その間に見たことをつぶさに記録した書いたのがこの本です。
この地での農民たちの生活は悲惨を極め、荒れた田畑からはわずかな作物しか取れず、子供たちはいつも飢えているうえに多くはマラリアに罹って靴も履かずに裸足であったと書いています。
村人は中世以前から変わらぬ生活を送っているようで、呪術師が病気を治したり、魔女が人を呪い殺したりすることがいまだに信じられているような世界でした。

市長や警察署長などの上流階級はみんな当然ファシストで中央政府の言いなりだったのですが、農民たちにとっては政府などは関係なく、ローマは外国の街のように感じていたと書いています。それだけ、大都会とは切り離された、忘れられた土地だったということですが、多かれ少なかれ、南イタリアの街はどこでもそのような状態に置かれていたようです。
南北イタリアの格差問題はその後も続き、ごく最近まで、いや今でも完全に解消されているわけではないといわれています。

村には何人か医者はいたのですが、村人は地元の医者を信じてはいなかったので、医者でもあったレーヴィのもとをたびたび訪れ、そんなことから彼と村人の間には信頼関係が築かれていったようです。
レーヴィはここでの3年間が自分の思想を作りあげたといっています。南北問題は、ファシズムでも社会主義政権でも机上の理論では解消できない、農民の生活の中から考えてゆかなくてはいけないということに気が付いたと書いています。

80年まえのイタリア南部の生活がどのようなものであったのか、そこからレーヴィが何を学んでいったのか、興味深い本でした。
Posted by kozyken
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