ファイアーズ-レイモンド・カーヴァー
ファイヤーズ

レイモンド・カーヴァーのファイヤーズ(炎)を読みました。

これは、全7巻ある、レイモンド・カーヴァー全集の第4巻目に当たる。この全集は全て、村上春樹が翻訳しています。村上春樹のおかげで、僕達はレイモンドカーヴァーと言う素晴らしい作家を知るようになったわけで、感謝しないといけないと思っています。
この全集が出る前から、レイの短編のいくつかは、やはり村上春樹の約で読んでいたのですが、本格的に読むようになったのは、この全集が出てからで、最近ではペーパーバック版も出ているようですが、僕は以前からこの版でそろえているので、残りの二冊もこの版で買おうと思っています。巾の狭い、ちょっと変形の版で、丁度手になじみやすくて、読みやすい大きさと言うところも気に入っています。

この本は、エッセイと詩と、短編小説の三部からなっていて、エッセイもとても興味深いものなのですが、短編小説のことを少し書いてみたいと思います。

彼の小説の主人公は、いつも何かが失われているような気がします。それがはっきりした形をとることもあれば、はっきりとした形の無い場合もあるけれど、それが読み手に対して、何か漠然とした不安感を与えているように思えます。

「隔たり」と題された短編は、まだ少年少女と言っても良いほど若い夫婦の話で、少年は父親を失っている。結婚しているとはいえ、まだ父親を必要とする年齢で、父親を喪失しているわけです。
そしてこの話は、20年後に当時まだ生まれたばかりだった娘に、思い出話として父親(かっての少年)が、話していると言う形をとっています。そして、なぜか彼らはミラノの彼のアパートにいて、そこにはかって少女だった妻は一切出てこない。つまりここでは妻は喪失されているわけです。父親の話は、はっきり死んでいると書かれているのですが、20年後の妻のことは、全く話に出てこない。
もしかしたら、たまたま旅行にでも行ってiいて、居ないだけなのかもしれないし、20年の間に色々あって離婚したのかもしれない。又は死んだのかもしれない。しかし、元々主人公の1人であったはずの妻について、何も語られないということが、読者を居心地の悪い、不安な状態に置くようになるのです。
僕は、多分妻は、死んでいるのだと思っている。この話は少年が鴨撃ちに出かける話が中心なのですが、その中に夫婦の鴨は、片方が死ぬともう片方は決して番いを組むことは無くなるという話が出てきます。この話が、妻の死を暗示しているのだと解釈しているのですが。
このように、彼の小説は非常に簡潔にストレートに書かれているようで、読者に色々な読み方を許容するところがあり、中々一筋縄では行かないと思います。
もっとも、優れた小説とは、みんなそう言うところがあるのかもしれませんね。

一度読んでも、すぐにもう一度読みたくなるような小説だと思います
Posted by kozyken
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