西沢文隆「実測図」集 続き
西沢さんの「実測図」集を読み終わりました。

西沢さんの「実測図」と宮脇ゼミのデザインサーヴェイの図面の一番大きく異なるところは、西沢さんの図面には生活を感じさせるものがないということではないかと思う。
これは良い悪いの問題ではなく、日本の文化の一面として、我々が考える生活と言うような雑多なものを超越しているものがあることではないかと思います。

誰だか忘れましたが、「生活?そんなものは召使にでも任せておけ」と言った西洋の貴族がいましたが、洋の東西を問わず、文化の一面としてそういうことがあるのだと思います。
日常性とか、生活、利便性と言ったものをいったんはずしてしまえば、デザインはより自由に、より精神性を深めてゆくと言うことも言えるのではないかと思います。

天竜寺

西沢さんの図面、特に建築や庭の部分だけでなく、その何倍にも広がる、周囲の山や池などの自然を含んだ雄大な断面図を見ていると、人間の営みの卑小なこと、あくまでも自然あっての庭であり、建物であると考えさせられます。
そのような図面に、細密な鉛筆のタッチが実によく合っています。

宮脇ゼミのデザインサーヴェイは、多分その対極にあるのではないかと、僕は感じています。
なぜかと言えば、一軒一軒の住宅から、町全体まで広がる平面のつながりの中から、そこに暮らす人々の生活を想像することによって、町のありようを表現するのが、我々のデザインサーヴェイだったのではないか、最近考えています。
Posted by kozyken
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