「また会う日まで」
また会う日まで


ジョン・アーヴィングの新作「また会う日まで」をやっと読み終わりました。
8月末から読み始めたので、2ヶ月近くかかってしまった。

通勤の電車の中だけの読書時間と言うこともあるけれど、とにかく長い小説でした。
ジョンアーヴィングの小説はどれも長いけれど、これはまた特別長い。
物語を書くと言うことは、主人公の一生を書かなくてはいけない、と言うようなことを、どこかでジョン・アーヴィングが書いていた記憶がありますが、まさにそのとおりの小説と言えます。
主人公のジャック・バーンズが4歳のときから始まって、30歳を過ぎて、まだ会ったことのない父親と、めぐり合うまでの話。
父親が居ないことによって、自分の中に空白を抱えて生きてきた男が、父親とめぐり合うことによって、その欠けた部分をそっくり取り戻す話ともいえるのだけれど、その間に、これでもかと言うほどの数々のエピソードがちりばめられている。そのいくつものエピソードが、最後になって、お互いに関係していることに読者が気がつくようになるところも、いつものアーヴィングの手法といえます。
父親が、全身に楽譜の刺青をしていることの意味も、読者は最後になって納得させられます。

最後に、ちょっと気になったことですが、題名の「また会う日まで」、原題はUntil I Find You。
直訳すると、あなたを見つけるまで、又は、あなたに会えるまで、と言うことなのでは。
と言うのは、「また会う日まで」だと、一度一緒だった人と再会する、と言う意味になってしまうけれど、主人公のジャック・バーンズは生まれたときから父を知らずに、最後のシーンで30歳を過ぎて初めて父親のウイリアムに会うわけだから、だいぶ意味が違ってしまう。
どうしてこんなことにこだわるかと言うと、このFindには2つの大事な意味があると思うのです。ひとつは文字通り、まだ見ぬ父をみつける、と言うこと。そしてもうひとつは、母によって間違った印象を植え付けられた父の本当の姿をみつけると言うこと。

どなたか、意見があったら教えてください。
Posted by kozyken
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