茗荷谷の猫
茗荷谷の猫


「茗荷谷の猫」(木内昇 平凡社)と言う小説を読みました。

9編の短編からなっています。
始めは、幕末の江戸、巣鴨染井で桜の新種を作ることに精魂を傾ける男の話。
新しい桜は出来上がり、後に「染井吉野」と呼ばれて、大変な評判になるのですが、男は自分の名前が表に出ることを拒んで、相変わらずの貧乏暮らしを続けます。

その後話は、品川、茗荷谷、市谷、本郷、浅草、池袋、池之端、千駄ヶ谷、時代は、幕末から明治、大正、昭和の戦争直前、戦後へと場所と時間を変えながら続きます。
一つ一つの話はそれぞれ完結した短編になっているのですが、どこかで微妙に繋がっています。

最期は、電気工になった男が、通勤路でいつも前を通るスペインタイルを貼った、瀟洒な住宅に淡い憧れ抱くと言う話。
それぞれの話の主人公は皆、タイプの違う男であり、女なのだけれど、はっきりとアイデンティティーを持っている、又は自己とは何なのかを話の中で、否応なく気づいてしまうと言うところが共通しているように思えます。
そして、そのことに場所と時代が密接に絡んでくるところが、中々見事な構成になっています。

その中で、表題になっている茗荷谷が一番重要な場所になっているように感じます。
茗荷谷と言う具体的な場所でありながら、どこにも存在しない場所のようにも思える、不思議な設定なのです。
漱石の小説の中に、雨の夜に小石川から、茗荷谷を通って、家に帰る途中で奇妙な体験をする男の話があります。僕の好きな作品なのですが、なんとなくこの話を思い出します。

そういえば、茗荷谷だけではなく、巣鴨染井も、市谷仲之町も、本郷菊坂も、今も残っている場所なのに、なぜか架空の場所のような気がします。時代が変わっているだけの理由ではなく、この本の中全体に、そのような奇妙な雰囲気が漂っているのだと思います。

作者の木内昇さんは、この小説ではじめて知りました。本を読みながら、なんとなく年配の男性の作家とばかり思っていたのですが、後から紹介欄を見ると40代の女性作家です。
「のぼる」ではなく、「のぼり」と読むようです。
Posted by kozyken
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