日本文化の虚と実
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先日行われた川口研究会の川口衛先生の話についてです。

まず、ブルーノタウトの話から。
タウトが日本に滞在中、伊勢神宮や桂離宮を高く評価していたことは、有名な話ですが、特に伊勢神宮は、世界でも最高の建築であると言っています。
伊勢神宮では「日本の建築は、装飾がなく、構造が直接表現されてる」とタウトは言っています。
確かにそのように見えるのですが、川口先生は、タウトは日本文化の表面しか理解していない、実はその奥に一筋縄では行かない、日本文化の複雑性があると言います。

伊勢神宮は周囲に12本の柱を持ち、そのうちの二本は、よく知られているように、棟持柱と言われ、ひときわ立派で、棟の位置まで延びています。
タウトは、これを見て、柱が屋根を支える様が素直に表現されて、合理的な建築だと思ったわけですが、実はこれらの柱は棟持柱も含めて全て構造を受け持っていないのです。
周りの板壁が屋根を支える構造になっていて、その証拠に、柱と桁、棟の間には隙間が開いています。
神社において、柱は神聖なものと考えられていて、屋根を支えると言うような実利的なことには使えないというわけです。

同じような例が、五重塔にも見られると言う話もあります。
五重塔には、これも誰でも知っていることですが、中心に芯柱と言う、巨大な柱があります。この柱によって、五重塔は支えられている、中には免震装置になっていると言う人もいますが、これらは全くの間違いだそうです。五重塔は周囲の各階の柱によって支えられていて、芯柱は全く構造を支えていない。この場合も、芯柱は仏舎利(仏様の骨)の位置を示すと言う神聖な役割があるために、構造を持たせるわけには行かないというわけです。

このように、日本の建築には実際の構造と、目に見えるものが必ずしも一致しない、言い換えると「実」と「虚」の間を自在に行き来する、一元論では捕らえきれない、複雑性があると言うことになります。

まだ続きの話があるのですが、長くなるので、次回に。
Posted by kozyken
category:建築
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