1Q84を読んで
1Q84

話題になっている、村上春樹の「1Q84」を読みました。

何を置いても、まず面白いの一言。1ページ目からいきなり村上ワールドに引き込まれてしまいます。
小説が面白いことに文句はないのだけれど、あまりストーリーの面白さに引っ張られてしまうと、その後ろにあるものが見えなくなるのではと言う心配が、頭を過ぎるのですが、それも最初の内だけのこと。下巻(BOOK2)には入ると、物語が厚みを増してきます。
特に主人公の一人、「天伍」が老人施設に入っている父親を訪ねるところから、話が深みを増してゆきます。このシーンは、本の中で大事な意味を持っているように思えるのですが、僕はなぜか、「カラマーゾフの兄弟」の中の大審問官の話を思い出しました。
話としての直接の関係はないはずですが、全体のストーリーから少し外れたところで、物語に大きな影響を与えること、「猫の町」のような、話の中の話しと言う構造などが、そのような連想を感じさせるのでしょうか。

物語は、時間と空間の微妙な捩れの中で、1984年と言う世界から、1Q84年と言うもうひとつの世界へ入ってしまった、二人の男女の話とも読めます。冒頭で、もう1人の主人公である「青豆」がタクシーのFMから流れる、ヤナーチェクの「シンフォニア」を聞いているシーンがあります。これは音楽が時間の流れに歪を作ると言うメタファーと取れます。話の中に出てくる「リトルピープル」は太古の時代から、度々人間世界に現れる存在とされていますが、これは神話性を物語っています。
又、「リーダー」と呼ばれる新興宗教の教祖は、呪術によって支配する王は、役目が終わった時に殺されると言う、これも神話の世界を連想させる話をします。

様々なモチーフが複雑に絡み合って、村上春樹の世界は、読む者の想像力に色々な可能性を訴えるようです。それにしても、これだけ長い小説を一気に読ませる力量はたいしたものです。
Posted by kozyken
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