城塞
城塞


司馬遼太郎の城塞を読みました。

城塞とは、大阪城のこと。創建時の大阪城は、世界に類を見ない巨城で、その城域は今よりもよほど広かったらしい。

関が原の戦いが終って、徳川家康は征夷大将軍となり、さらに引退してからは、息子の秀忠が将軍職を継ぎ、実質的には天下の支配者になっています。しかし形式上は豊臣家の大名であり、高齢になった家康は、自分が生きているうちに豊臣家を潰して、徳川の世を磐石にしておかねばならないと考えています。

あの手この手で、豊臣方を挑発して、大阪冬の陣、夏の陣で、勝利するまでの物語です。
いやらしいほどに、巧妙に罠を仕掛けて、調略して行く家康に対して、ずるずるとその罠に嵌って行き、勝てるはずの戦に、負けてしまう豊臣方の話には、苛立ちを覚える人も多いのではないかと思います。

話は変わりますが、僕はここの所、大阪の友人と仕事をしていて、東京と、大阪では、結構ものの考え方が違うなーと、感じることが良くあります。
新幹線で行けば、2時間半ほどの距離なのに、生活、習慣、ものの考え方に違いがあるのは、どうも信長、秀吉の時代の影響が大きいのではないかと、この本を読んでいると思い当たります。

信長も秀吉も堺を整備して、貿易と物流を盛んにすることで、冨を蓄えて力をつけて行きます。その影響で、堺、大阪は商都として大いに栄え、大阪城には巨万の富が蓄えられていたということです。
それに対して、家康は、米=農業を中心とした、古い経済体制を維持して、その後の徳川幕府もこの思想を敷衍してゆきます。
秀吉に代表される、大阪文化が商売を基盤として、華やかな雰囲気を感じるのに対して、初期の江戸文化というのは、農業を基盤として、質実だけれども、ちょっと硬い雰囲気を感じさせるのではないかと感じます。まあ、元禄に入るとずい分違ってくるわけですが。
その文化の持っている香りが、400年も経って、時間的にはすぐ隣といっても良いほどの距離になっても、残っているというのは不思議なものです。
Posted by kozyken
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