パレルモ・シューティング
パレルモ・シューティング

ヴィム・ヴェンダースのパレルモ・シューティングを借りてきたDVDで見ました。

主人公は売れっ子のカメラマン、商業写真の仕事に終われる毎日を過ごしていますが、その仕事を何かむなしいものと感じ始めています。ワークショップの学生から、自分のやりたいことを表現できない写真など意味がないと批判されたりもします。

仕事の撮影で滞在しているパレルモで彼は死神と遭遇します。そして度々死神から矢で射られる幻覚に襲われます。
パレルモの町を彷徨しているうちに、古い壁画を修復している女性と出会います。彼女は、パレルモの死と言う壁画を修復しているのですが、そこには時の権力者たちを矢で射殺している死神の絵が描かれています。

彼は常にカメラを持ち歩き、町の様子を撮影してゆきます。僕は映画を見ながら最初、シューティングの意味は写真を撮ることと思ったのですが、横で一緒に見ていた神さんが、矢で射ることだというので納得しました。
しかし、映画を見終わって、シューティングにはその両方の意味があることに気が付きました。

最後のほうに死神との長い会話があるのですが、死神は最初に仕掛けてきたのはお前のほうだといいます。つまり彼が死神をカメラでシュートしたと言うのですね。
また、死神は写真にはファインダーから被写体を見る視線と、逆アングルから撮影者を見る視線があるといいます。この辺は、自らも写真を撮るヴェンダースの写真に対する考え方が垣間見られて興味深いところです。
さらに死神はデジタル写真は実在を保障しない、後からいくらでも修正が効くのだからともいいます。
ここには生と死、そして写真と現象の関係が綿密に語られているところです。彼は商業写真ではデジタルで取られた写真を自在に加工するのですが、そこには生が存在しない。
死神と分かれて、生の世界に戻ってきた彼は、画家の女性と生きることを決意するのですが、それは現実の世界、アナログの世界です。

死神を演ずるのは、デニス・ホッパー、この映画の後に他界したそうです。我々の世代には、イージーライダーで強烈な印象を残した人だけに残念なことです。

蛇足ですが、主人公のドイツにあるスタジオに使われているのは、日本の建築家ユニット、SANNAの作品、ツォルフェアアイン・スクールでした。
Posted by kozyken
category:映画
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