まあだかい-まあだだよ
まあだかい

内田百閒の「まあだかい」を読みました。

百閒が還暦を迎えた時に、そのお祝いの会に集まったかっての教え子たちが、来年から先生の誕生日にお祝いの会を毎年開くことを計画します。その会の名前が摩阿陀会で、先生、まあだ逝かないのかいと聞くと、先生がまあだだよと答えるという趣向で付けられています。
第一回目摩阿陀会のあいさつで、百閒は君たちが、まあだかい、と聞くから、まあだだよ、と答えるのだが、そのうちそろそろとなったら、もういいよ、と答えるからね、と言っています。先生である百閒と学生たちの信頼から出てきた名前とも言えます。
この会は結局20回近く続きます。(百閒は18回前出席)
毎回、飲めや歌えやの無礼講で、言いたい放題のこの会を百閒は大変気に入っていて、晩年に体がいうことが効かなくなり、出席できなかったときは大変悔しがったということです。
この本の素晴らしさは、百閒と言う人の人間としての素晴らしさそのもののような気がします。だから、何十年経てもかっての学生たちは先生を慕って集まってくるのです。
教え子たちは、先生は金無垢だと言います。メッキではなく、どこを切っても内田百閒そのものだということでしょう。

本を読み終わると同時に、DVDを借りてきて、黒沢明の最後の映画「まあだだよ」を見ました。
これは、「まあだかい」と失踪した飼い猫を描いた「ノラや」をもとに黒沢明が脚本を書いて撮った映画です。
この映画も、百閒と教え子たちの心温まる交流を見事に描いて、見ごたえのある作品でした。
黒沢の最後の三つの作品「夢」「八月の狂詩曲」「まあだだよ」には共通するところがあり、僕はどの作品も好きです。どの作品も大上段に構えるところが無く、本当に映画が好きで作っているという感じがします。そして、とても美しいシーンが出てくるところも共通しています。
「まだかい」では、最後の百閒が夢の中で子供時代に戻り、夕焼けの野原で、まあだだよと言いながらかくれんぼをしているシーンきれいですが、僕は、終戦直後に焼け出されて、小さな掘立小屋に住んでいる百閒を教え子たちが訪ねてくるシーンが格別気に入りました。

戦後住んだ家
Posted by kozyken
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