イスタンブールで見た建築(1)
イスタンブールで見た建築について、書いてみたいと思うのですが、あの強烈な印象をどうも言葉で書く自信がありません。何とか写真の助けを借りて書いてみようと思います。

書いてみたいのは、アヤソフィア、スルタンアフメト・モスク(ブルーモスク)、スレイマニエ・モスクの3つですが、イスタンブールのモスクは全て構成が良く似ています。それは、みなアヤソフィアを原型としているからです。

アヤソフィアは、コンスタンティヌス大帝がローマ帝国の都をコンスタンチノープルに移した時にキリスト教の教会として作られたと言いますが、その頃は普通のバシリカ形式だったらしい。のちに反乱の火災によって焼け落ちて、6世紀初めユスティニアス帝の時代に、今の形に近い形で再建されたそうです。
その時にどのような考えからこのようなデザインが生まれたのかが僕にとっては未だに謎です。僕の不勉強のせいかもしれませんが、のちの西ヨーロッパのロマネスクやゴシックの教会堂とはだいぶ異なる形をしています。

1453年にビザンツ帝国が滅亡して、オスマントルコの時代になって、回教のモスクに転用されるようになります。ここでまた疑問が湧くのは、その後のモスクがみな何故、この元はキリスト教の聖堂であった建築の形式を受け継ぐようになったのかと言うことです。
それだけアヤソフィアが偉大な建物だったということなのでしょうか。

プランは正方形に近い方形で、中央に直径が31mの大ドームを載せ、手前と奥に、同じ大きさのドームを半分にしたものが付きます。両脇には小さなドームを載せた側廊部分があり、キリスト教教会の形式を取っているのが解ります。

アヤソフィア遠景
雄大な建物の4隅に4本の大きなタワーが付いていますが、これはミナレットと言って、回教寺院に転用された時に付けられたものです。

近景
近くで見ると複雑な外観をしていますが、もともとの方形の単純なプランに、いろいろな用途を増築していったのではないかと思います。

入口の控え壁
入り口部分に大きな石の塊のような控え壁がありますが、これはゴシック建築のフライングバットレスを連想させます。後世になって補強のために付けたのではないかと僕は思っているのですが。

入口廊下部分
入り口を入ると横に長い廊下状の空間が二つ繋がります。

ドームの下の身廊部分、後ろに後陣

中央ドームと、その半分のドーム
さらに中に入ると、大きなドームをいただいた、天井の高さが55mもある大空間に圧倒されます。

側廊部分を見る
両脇の側廊部分は2層になっていて、小さなドームが掛ります。この上のアーチ状の壁にはいくつもの窓があいていて、きれいな光が入ってきます。

透かし模様の入った柱頭
大きな空間ですが、いたるところに繊細な装飾がみられて、人間的なスケールも感じさせます。この柱の柱頭は、植物模様の透かし彫りがあって、とても美しいものでした。

モザイク画
いたるところに、ビザンチン時代のきれいなモザイク画がありますが、これはモスクとして使われていた時代には漆喰で隠されていたそうです。破壊されなかったので、のちに発見されたということですが、もともとイスラム教にはそういった寛容な精神があったのではないでしょうか。
Posted by kozyken
category:建築
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