フラニーとズーイ
フラニーとズーイ

J・Dサリンジャーの「フラニーとズーイ」(村上春樹訳)を読みました。

「ライ麦畑で捕まえて」の10年後にサリンジャーが書いた小説で、世の中の欺瞞的な大人たちに我慢のできない若者が主人公という点でライ麦畑と共通するところがあります。
僕は、ライ麦畑を学生時代に読んで、何年か前に村上訳で読み返して、これはやはり若いときに読むべき本という感じがしたのですが、このフラニーとズーイは、多分世代を超えて、だれが読んでも面白い小説だと感じました。それは、小説としての面白さとともに最後のシーンに救いのようなものがあるせいかもしれません。

グラス家の7人兄弟の末2人、兄のズーイと妹のフラニーは両親とともにマンハッタンのアッパーイーストのアパートに住んでいます。フラニーとズーイは幼い頃、年の離れた上2人の兄たちの宗教的な感化を受けて、欺瞞に満ちた世の中とうまく付き合ってゆけないことに悩んでいます。
特にその時幼かったフラニーはその傾向が強く、彼女は長兄たちが読んでいた「巡礼の道」という本を読んで、ひたすら神に祈ることで救われるのではないかと考えています。
そんなフラニーを心配する母親とズーイとの長い会話、そのあとでのフラニーとズーイとのこれまた長いやり取りがこの本の中心を形作っています。
どこからこんなにいろいろな言葉生まれて来るのかと思うほど、様々な言葉が会話の中に紡ぎだされて、読む者はほとんどストーリもない話なのに、ぐいぐいと話に巻き込まれて行くところが圧巻です。
そして最後に、自殺した長兄がかって二人に言った何気ない言葉の中に、二人は自分たちが陥っている出口のないと思っていた世界に救いを見つけることが出来るのです。

あとがきで、村上春樹はこの本の面白さは、その文体の面白さと、パワフルで生命力溢れる文章の妙にあると言っています。それは多分基本的には原文で読まなければ解らないのかもしれませんが、読んでいて十分それが読者に伝わってくるのは彼の訳が優れている証拠だと思います。

村上春樹の翻訳は、原作の持っている文章の細かいニュアンスだけでなく、文章のリズム、強弱を見事に写し取っているところにあるのだと思いますが、それは小説家としての文章力にあるのかもしれません。
Posted by kozyken
category:
comment(0)    trackback(0)

comment
comment posting














 

trackback URL
http://bwv828.blog31.fc2.com/tb.php/811-ca8a476d
trackback