住宅と柱
「住宅建築」と言う雑誌が、「柱と建築」と言う興味深い特集を組んでいます。

住宅建築、柱と建築特集

寺社建築と民家に分けて古代から近世まで、日本の建築が柱をどのように扱ってきたか、その変遷を詳しく説明しています。
民家の中で、中世に入って中央に4本の太い柱を建てて、その周りに空間を広げて行く「四つ建て」と言う形式が出てくるというところを読んでいて、ふと昔設計した別荘建築のことを思い出しました。

1980年代、ちょっとした別荘ブームがあったころに、僕の所にもいくつか別荘の仕事が入ってきました。

原村の山荘

最初に長野県の原村で計画をしているときに、歴史的な知識とは関係なく、4本の太い柱を真ん中においたらどうだろうというアイディアが湧いたのです。2間四方に丸太の柱を建てて、その周りに1間半の空間を配置して行くと、広い空間になんとなく領域が生まれて、薪ストーブを中心に親密な雰囲気が出来上がります。中心にしっかりした柱と梁の構造があるということは、構造的にも安定したものになると思えました。

朝霧高原の山荘

その後、静岡県の富士山の麓、朝霧高原で別荘の依頼があった時も、この4本の柱の構造をアレンジして使ってみました。

清里の山荘外観

山梨県の清里高原で設計した時は、建物が今までよりも小振りだったので、4本ではなく2本の太い丸太を使ってみました。
この時は、丁度伊勢神宮を見て、棟持ち柱のことが頭にあったので、棟持ち柱にしてみました。棟持ち柱とは、基礎から立ち上がって長い柱が直接棟木を支える形式のことです。(伊勢神宮は掘立柱なので基礎はありませんが)
伊勢神宮の棟持ち柱は壁から独立して建っていますが、この別荘では壁の位置にあるので、柱が独立していることを強調するために、柱の両側をガラスのスリットとしてみました。

清里の山荘内観

部屋内から見るとこの様に柱が壁に隠れることなく、独立して見えます。

板橋の住宅

小さな住宅では、太い丸太が何本も建つのはやはり少しうるさいので、その頃都内で設計したこの住宅では、居間の中心の1本だけ丸太の柱を建てて、少しシンボル性を持たせるように考えました。丁度民家の大黒柱のようですね。

雑誌の中では、近世にはいって民家の四つ建てはすたれて、一本の大黒柱を建てるようになったとありますが、その大黒柱はどんどん太く立派になってゆくのですが、それは構造的な必要性と言うよりは、あくまでもシンボライズされた柱の存在感からきているようです。

柱と言うのは、構造的に不可欠なものでありながら、どうもそれだけではない形を持っていることが日本建築のひとつの特徴なのだと、自分の昔の設計を思い出しながら考えました。
Posted by kozyken
category:住宅
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