わたしの名は紅
わたしの名は紅

今年最後の読書は、トルコの作家、オルハン・パムクの「わたしの名は紅」でした。

2006年にパムクがノーベル文学賞を取った時に興味を持って読んでみたのですが、再読してみました。
2006年は村上春樹がノーベル文学賞を取るのではないかという噂が初めて出た年でした。僕も大いに期待していたのですが、期待に反して僕の知らないトルコの作家が取ったということで、興味をひかれて本を買いました。

読んでみて、なぜこの作家が賞を取ったのかがすぐに解りました。
ノーベル文学賞は、欧米以外の作家の場合、その国の文化、政治等に深く関わった作品、作家に送られることが多いと僕は感じています。村上春樹という作家は、その意味では全くノーベル賞向きではないと言えます。その後毎年噂には上るのですがいまだに受賞していません。そのこと自体は村上春樹の小説の価値とは関係のないことで、すでにフランツ・カフカ賞や、イスラエル賞を取っていることからもわかるように海外でも高い評価を得ていることに間違いはなく、なぜかノーベル賞向きではないということなのでしょう。

それに対して、オルハン・パムクの小説はトルコの歴史、文化と深くかかわっています。日本の明治時代もそうでしたが、多くの国で近代化という言葉は欧米文化の模倣という側面を持っています。夏目漱石が日本の近代化、欧米化と日本固有の文化との相克の中で悩んでいたように、パムクの小説には常に偉大なオスマン帝国の文化と、近代化とともに押し寄せるヨーロッパの文化とのはざまで悩む人々が描かれています。

この小説は16世紀のイスタンブールで、伝統的な細密画を書いている工房の名人たちにスルタンから、西洋の遠近法を取り入れた画法で書くようにという注文が来たことから起きる様々な事件を描いています。そこから起きる殺人事件を巡るミステリーに、主人公カラとシェキュレの恋の話が絡んでゆきます。作家になる前は画家を目指していたというパムクの絵画に対する詳細な記述によって物語は深みを増しているように思えます。(少々煩雑な感じもしないでもないのですが)

もう一つパムクの小説の特徴として、イスタンブールという町に密接につながっているところがあると思うのですが、僕は2年前にイスタンブールを訪れていることも、9年前に読んだ時よりも理解を助けていることと思います。舞台は500年前ですが、旧市街に限って言えば今もそんなに変わっていないように思います。

実は今年はパムクの本をいくつか読んでいます。イスタンブールと言う町と、自身の幼少期から作家になるまでの変遷を描いた「イスタンブールーわが町」、雪に閉ざされた地方都市で起こった原理主義者と改革派の争いを描いた「雪」(なぜかカフカの城を思い起こさせます)、そしてイタリア人の奴隷とうり二つのその主人の物語「白い城」。
まだ読んでいない作品もあるので、来年も続けて読んでゆきたい作家のひとりです。
Posted by kozyken
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