「キリストはエボリに止まりぬ」
キリストはエボリに止まりぬ

カルロ・レーヴィの「キリストはエボリに止まりぬ」(清水三郎治訳・岩波書店)という本を読みました。

カルロ・レーヴィは、画家で小説家で医師でもあったイタリア人ですが、1934年に反ファシスト運動の疑いで逮捕され投獄されたのち、イタリアの最南端、ガリアーノ(現マリアーノ)という山間の小さな村に幽閉されることになります。
書名となっているエボリはサレルノの近くの街ですが、キリストはここまで来て、そこから南へは行かなかった。つまり神にも見放された土地という意味です。

レーヴィはガリアーノに3年間幽閉されて、その間に見たことをつぶさに記録した書いたのがこの本です。
この地での農民たちの生活は悲惨を極め、荒れた田畑からはわずかな作物しか取れず、子供たちはいつも飢えているうえに多くはマラリアに罹って靴も履かずに裸足であったと書いています。
村人は中世以前から変わらぬ生活を送っているようで、呪術師が病気を治したり、魔女が人を呪い殺したりすることがいまだに信じられているような世界でした。

市長や警察署長などの上流階級はみんな当然ファシストで中央政府の言いなりだったのですが、農民たちにとっては政府などは関係なく、ローマは外国の街のように感じていたと書いています。それだけ、大都会とは切り離された、忘れられた土地だったということですが、多かれ少なかれ、南イタリアの街はどこでもそのような状態に置かれていたようです。
南北イタリアの格差問題はその後も続き、ごく最近まで、いや今でも完全に解消されているわけではないといわれています。

村には何人か医者はいたのですが、村人は地元の医者を信じてはいなかったので、医者でもあったレーヴィのもとをたびたび訪れ、そんなことから彼と村人の間には信頼関係が築かれていったようです。
レーヴィはここでの3年間が自分の思想を作りあげたといっています。南北問題は、ファシズムでも社会主義政権でも机上の理論では解消できない、農民の生活の中から考えてゆかなくてはいけないということに気が付いたと書いています。

80年まえのイタリア南部の生活がどのようなものであったのか、そこからレーヴィが何を学んでいったのか、興味深い本でした。
Posted by kozyken
category:
comment(0)    trackback(0)

comment
comment posting














 

trackback URL
http://bwv828.blog31.fc2.com/tb.php/971-4a3f021f
trackback