林芙美子記念館
中井の「染の小道」を見た後で、近くにある「林芙美子記念館」に行ってみました。

作家の林芙美子は「放浪記」一躍有名になった後、昭和14年にここに土地を買って家を建てたそうですが、その家が現在では記念館になってなって一般公開されています。
設計は建築家の山口文象に頼んでいますが、林芙美子自身が何度も何度も打ち合わせを重ねて、彼女の意見が随所に生かされているようです。
当時は太平洋戦争間近なこともあり、住宅の面積が30坪に制限されていたそうですが、彼女自身の書斎と画家であった夫、緑敏のアトリエを考えるととても30坪では足りず、二棟に分けて名義をそれぞれ分けることで合計60坪ほどの家になっています。

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敷地は妙正寺川の北側の少し急な斜面にあり、四の坂という坂を上り始めたところに門があります。この日は「染の小道」の一環で、鮮やかな色調の暖簾が掛けてありました。

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門をくぐって、少し上った先に玄関があります。

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玄関に入ると、3畳ほどの空間の右側に客間があり、左に折れて廊下になっています。左側には、南側の縁側とすぐ左にある母の部屋への入り口になっていて、玄関から動線が巧みに分けられている、考え向かれた間取りだと思いました。

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その玄関の間から客間が見えます。売れっ子作家になった芙美子のもとに原稿の催促に来る編集者たちと打ち合わせをする部屋だったのでしょう。

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見学コースになっている、北側の奥の方に書斎の裏庭があります。ちょうど梅の花が満開で、書斎の北側の縁側がありますが、ここがとても良い空間になっています。庭は北側が良いという定石通りに落ち着いた空間で、原稿書きの合間に思索をめぐらすのにはうってつけだったのではないでしょうか。

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南側の庭に回ると、このように2棟に分かれているのがわかります。右側が住居で、左側が書斎や夫のアトリエがあった棟です。

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ここは、書斎の横にある部屋ですが、数寄屋造りの落ち着いた部屋です。仕事関係の応対に使った玄関脇の客間とは別に、もう少し親しい客を招くための部屋だったのではないでしょうか。

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ここが、家族団らんのお茶の間です。

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東南の角に母親の部屋があります。四畳半の小さな部屋ですが中々凝った作りで、僕はこの家の中で一番良い部屋に思えました。照明のデザインも凝っています。

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夫のアトリエだった部屋で、ちょうど朗読会があり、林芙美子がこの家について語った文章を朗読してくれたのがとても役に立ちました。

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ここはお手伝いさんの部屋。寝台列車から思いついたアイディアと語っていますが、まさに二段ベッドですね。

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台所の流しは、テラゾーという人造石で作ったもので、当時としては相当にモダンなものだったのではないでしょうか。水栓が2つあるので、お湯も出るようになっていたようです。

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お風呂も、タイル張りに木の浴槽を埋めこんだもので、ずいぶんモダンなものです。

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その外にはこのようなボイラーが備え付けられていました。最新の設備だったのでしょうね。

この住宅は、山口文象という優れた建築家の感性がいたるところに見えますが、またクライアントとしての林芙美子の感覚も大いに生かされているように見えました。
優れた住宅というものは、建築家とクライアントが共鳴しあって出来るものだと、この家を見て改めて感じました。
Posted by kozyken
category:住宅
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